朝日新聞の1面コラム「天声人語」を約13年間執筆した元朝日新聞論説委員の辰濃和男(たつの・かずお)さんが6日、老衰のため東京都内の病院で死去した。87歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主は長男哲郎さん。

 1953年に朝日新聞社入社。ニューヨーク支局長、東京本社社会部次長、編集委員を経て論説委員となり、75~88年に「天声人語」を書いた。93年に退社し、朝日カルチャーセンター社長や日本エッセイスト・クラブ理事長を務めた。

 「楽しみながら歩けば風の色がみえてくる」。各地で出合った自然の豊かさを文章で表現した。北海道・知床の自然保護のため寄金を募り、土地を買う「知床100平方メートル運動」を「天声人語」で紹介。四国八十八カ所を3回歩いた紀行を「四国遍路」などに著した。

 ロングセラー「文章の書き方」で「わかりやすさは文章の基本」として平明さや正確さの意義を強調。「文章のみがき方」で推敲(すいこう)の大切さを説いた。

 日本復帰前の沖縄をルポした「沖縄報告」の取材班に参加し、復帰運動や米軍基地問題、歴史や文化を紹介した。2015年から今年4月までたびたび沖縄を訪れ、体調を崩した後も車いすで取材を続けた。