北朝鮮による拉致被害者、曽我ひとみさん(58)の夫、チャールズ・ジェンキンスさんが11日、新潟県佐渡市で亡くなった。死因は致死性不整脈。77歳だった。一家を支えてきた人たちからは、突然の悲報への驚きの声が聞かれた。

 「数奇な運命をたどった人。しかも、半分は自分で切り開いていった」。かつて市長として受け入れに尽力した高野宏一郎さん(78)は12日、振り返った。

 ジェンキンスさんは在韓米軍に所属していた1965年、軍事境界線を越えて北朝鮮に入った。78年に拉致された曽我さんと、80年に結婚。2人の娘が生まれた。北朝鮮では軍事大学で英語を教え、映画にも出たという。

 転機は2002年。日朝首脳会談で北朝鮮が日本人の拉致を認め、曽我さんが帰国。ジェンキンスさんは04年に再度訪朝した小泉純一郎首相(当時)と面会した。「ひとみは日本に誘拐されている」と思い込み、来日を促す日本政府側に反発したと、後に出版した手記「告白」の中で記している。同年7月にジャカルタで再会を果たした際はタラップの下で曽我さんを抱きしめ、キスを交わした。

 佐渡で一家で住み始めてからは観光施設で働いた。通訳を務めていた本間啓五さん(66)は一緒に食事をする仲だった。「酒も肉もずっと好きでした」。最近会った時は風邪をひいていて、「寒波が過ぎたらまた遊びに行こうと思っていた矢先だった」。母ミヨシさんとの再会を願う曽我さんを念頭に「一刻も早く解決しなければ」と語った。

 曽我さんは9月の記者会見で、「高齢だけが心配。仕事の日は朝から張り切っている。このまま一生懸命に仕事をしてほしい」と語っていた。12日、市を通じて「今は何も考えられません。冷静になったらコメントしたいと思います」と談話を出した。

 拉致被害者で同県柏崎市に住む新潟産業大准教授の蓮池薫さん(60)と妻の祐木子さん(61)は12日、連名で「義母のミヨシさんにお会いできなかったことがどんなに無念だったことか。悲しみを乗り越え、ミヨシさんの帰国実現に向け前に進まれることを心より祈願します」とのコメントを出した。(原裕司、清水大輔)