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 かつて、ゲームはゲームセンターで遊ぶものだった。それが家庭に入り、平成には1人に1台の時代を迎えた。

 九州大大学院芸術工学研究院の松隈浩之准教授によると、家庭用テレビゲーム機は、任天堂が1983年に発売したファミリーコンピュータ(ファミコン)によって一気に普及した。平成に入り、ソニーが94年にプレイステーション(プレステ)を発売。据え置き型家庭用ゲーム機として初めて、全世界累計出荷台数が1億台を突破した。

 さらに2004年には任天堂がニンテンドーDSを発売。携帯型のゲーム機の普及が進んだ。子どもたちが、外でゲームをする姿も日常となった。さらにスマートフォン用のゲームも広がり、16年にサービスを始めたポケモンGOは全国で事故も相次ぎ、社会問題になった。教育上よくないとの批判は絶えないが、それでも多くの人たちを魅了してやまない。

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 ゲームソフトを企画、開発する「サイバーコネクトツー」(福岡市博多区)の社長、松山洋さん(47)はファミコンが発売された83年は中学生だった。ゲームより漫画にはまっていたが、それでも「マリオブラザーズは人並みにやってましたよ」。

 九州産業大で漫画研究同好会に入会。100人以上いる仲間たちと、漫画やイラストを描き、ゲームを楽しんだ。

 いったん一般の企業に就職したが、入社して3年。ゲーム会社で働いていた同好会の仲間から「独立してゲーム会社を設立するから、一緒にやらないか」と誘われた。

 松山さんたちは96年に友人ら10人で「サイバーコネクト」を立ち上げた。半年後、企画書がメーカーに採用され、仕事ができるようになった。人気漫画「NARUTO―ナルト―」のキャラクターをあしらったゲームソフト「ナルティメット」シリーズは全世界で約1500万本を売り上げた。

 松山さんは01年には社長に就任し、社名も「サイバーコネクトツー(CC2)」と改めた。

 順調に業績を伸ばしていた06年のクリスマスの直前。思わぬ相談が舞い込んだ。

 「発売前のソフトで非常識かも…

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