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 今から164年前、開国を求めて米国のペリー艦隊がやってきました。黒船来航です。日米はどうやってコミュニケーションをしたのでしょう。緊迫する海上でのやりとりから追ってみました。

 米国のペリー艦隊が神奈川の浦賀沖に来航し、幕府に開国を迫ったのは、嘉永6(1853)年6月だった。この時、両者は何語でやりとりしたのだろう。日本史の教科書を見ても出ていない。私にはずっと謎だった。

 答えを「ペリー提督日本遠征記」で見つけた。帰国後に米上院に提出された報告書、つまり公式文書だ。角川書店から翻訳が文庫で出ている。

 それによると――。

 旗艦サスケハナ号に日本の番船が寄ってきた。紙を掲げている。見るとフランス語で「艦隊は撤退すべし、危険を冒してここに停泊すべきではない」とある。断ると、一人の男が英語で「私はオランダ語を話すことができる」と言ってきた。それも「まことにみごとな英語」で。

 ただし英語はここまで。ペリー…

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