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 幕末から明治にかけて活躍した佐賀県ゆかりの「七賢人」の名前を挙げて下さい――。佐賀市が昨年、市民500人にそんな調査をしたところ、7人全員を知っていたのは10・2%だった。まったく名前が挙がらない人は25・4%にのぼった。市は明治維新150年の事業を通して浸透をはかる考えだ。

 市は昨夏、大型商業施設や祭りの会場で、顔写真やヒントとなる資料などは示さずに、7人の氏名を言えるかを聞いた。

 知名度が最も高かったのは大隈重信で64・2%。首相を務め、早稲田大学を創設した実績に加え、市内に記念館もある。

 次いで佐野常民が42・2%。こちらも市内に記念館がある。3位は39・4%の江藤新平。初代司法卿として、司法権の独立や警察制度の統一を果たした。

 わずかな差で4位だったのは10代佐賀藩主の鍋島直正で38・6%。親しみを込めて「閑叟(かんそう)公」と呼ばれ、昨年3月には佐賀城本丸北側に銅像が再建された。

 5位以降は3割を切り、知名度はいま一つだ。副島種臣(27・4%)は書家としても名高く、佐賀新聞の題字を書いた。島義勇(20・6%)は「判官さま」として知られ、県がふるさと納税制度を活用して銅像を建てる計画がある。

 7位は大木喬任で16・2%。東京府知事を務め、江藤新平と共に東京遷都を主張した。佐賀市には大木公園があり、記念碑が建てられている。

 1人の名前も言えなかったのは、4人に1人の割合にのぼった。市の明治維新150年事業推進室の担当者は「やはり年配の方の正答率が高かった。4分の1が1人も答えられなかったのは残念な結果」と話す。維新150年をきっかけに県や市は様々な催しを企画しており、事業を通じて七賢人の知名度を上げていきたいという。(上山崎雅泰)