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 南都焼き打ちに遭った奈良市の興福寺が、再建に向けて瓦を焼いたとみられる窯跡について、県教委文化財保存課は解体の方針をいったん取り下げると発表した。平安時代の興福寺の文献に出てくる瓦窯の可能性が出てきたためだ。窯跡の年代を調べ、保存や活用の方法を再検討する。

 窯跡は県立橿原考古学研究所(橿考研)の調査で、興福寺から北約200メートルの旧境内で見つかった。橿考研は11月、1180(治承4)年に平氏の南都焼き打ちに遭った後、再建のための瓦を焼いた窯跡の可能性があると発表した。

 隣接する県立美術館の改修計画に伴う調査。現場は整備計画の予定地にあたり、県は窯跡を現地保存せず、図面などの記録を保存する方針を示していた。

 窯跡は一部が重なる形で9基分…

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