【スライドショー】家族の元に残る拉致被害者のゆかりの品々=角野貴之撮影
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 約40年前、北朝鮮に拉致され、いまだ帰国できない人たちがいる。今年は被害者家族会の結成から20年、北朝鮮が拉致を認めて15年だった。突然引き裂かれた家族の元には、被害者ゆかりの品が残された。「見るのもつらい。けれど見ずにはいられない」。それぞれの品には物語があった。

 1977年11月14日夜、横田めぐみさん(当時13)は両親、弟2人と食卓を囲んでいた。ビールを飲む父の滋さん(85)に小遣いで買った誕生日プレゼントのくしを手渡した。「これからはおしゃれに気をつけてね」。身なりに無頓着な父はにこにこしながら「はいはいはい」と応えた。初めての大人びたプレゼント。両親は娘の成長を感じた。娘と母の女性同士の会話も増え、母の早紀江さん(81)も「これから面白くなる」と思っていた。翌日、娘は新潟市で拉致された。

 再会が果たせぬまま今年で40年。高齢になり、救出活動への参加が難しくなる数年前まで、父は胸元にくしを忍ばせ、娘のために奔走し続けた。

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 78年8月の新潟・佐渡島。曽我ひとみさん(58)は母ミヨシさん(当時46)と拉致された。その直後から、母とは生き別れたままだ。

 新潟県佐渡市によると、ひとみさんは2002年10月の帰国後、たんすに一枚の着物を見つけた。しつけ糸がついたままで初めて見る品だったという。

 拉致された時、自分は19歳。「内緒で成人式の支度をしてくれていたんだな」と涙した。「母が帰ってきたら、袖を通した私を見てもらいたい。その日が一日も早く来ますように」

 今月11日、ひとみさんの夫チャールズ・ジェンキンスさんが77歳で、12日には被害者増元るみ子さん(当時24)の母信子さんが90歳で亡くなった。それぞれの義母、娘と会えぬままだった。過ぎゆく時の長さが、被害者とその家族に重くのしかかっている。(角野貴之)