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 人間って、なかなか納得しにくい動物のようだ。理屈によってでないと納得できにくくなった。例えば死。血圧が下がり、呼んでも返事がなくなり、息遣いがゆっくりとなり、呼吸が止まるのを目で見たなら、それでも死を納得しやすい。いわゆる死に目。その時そこにいて死にぎわに立ち会えたなら、納得しにくい死を、何とか納得しよう、となる。ところが死に目にも会えなかった時、死だけが目の前に横たわる時、死を納得することは一層難しくなる。死に目って、流れ星がピューッと光って消えていく時間を見たのかどうか、みたいなところがある。間近にいても、ついうたたねしたりして死の瞬間を見なかったりすると、死をなかなか納得できない。

 「腑(ふ)に落ちる」「腑に落ちない」という言い方がある。腑は内臓器のこと、五臓六腑の腑。脳ではなくはらわたのこと。心からの納得を、脳に求めず腹に求めた先人の知恵が腑に落ちる。

 87歳の富吉さんはがんの末期で3カ月を迎えた。病状が悪くなって、家族が交代で泊まりがけの看病をしていたが、なぜかまた落ち着き、泊まりを解除。解除した矢先、呼吸が止まりそうになり、脈も弱くなった。慌てて家族に連絡した。夜中の1時。服を着替え、車を飛ばしても30分はかかる。家族が到着する寸前に、呼吸も脈も終わってしまった。

 「今さっき、です」と当直看護師。「えっ」、と納得しづらい老妻に息子夫婦にお孫さんたち。「でもまだ温かいです」と、看護師が老妻の手を、富吉さんのおなかへ添える。「ほんと、あったかい」と老妻。「ぬくいがあ」と孫娘。「そうかあ、ようがんばったなあ」と長男の目に涙。体のぬくみが死を腑に運び落としてくれてるようだった。

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。