日本バレエ協会の前会長で、世界的なコンクールの審査員として後進の育成に尽くした薄井憲二(うすい・けんじ)さんが24日、悪性リンパ腫で死去した。93歳だった。葬儀は近親者で行う。喪主は長男秀幸さん。後日、お別れの会を開く予定。

 東京都出身。16歳で日本のバレエ界の礎を築いた東(あずま)勇作に師事した。東京大学経済学部在学中に召集され、旧満州(中国東北部)のハルビンに出征。終戦後も4年にわたってシベリアに抑留され、その間にロシア語を身につけて帰国した。数々の舞台で主演したほか、振り付けも担うなど、古典から創作まで幅広く活躍した。

 舞踊評論の第一人者でもあり、モスクワ、バルナ、ジャクソンというバレエの世界3大コンクールの審査員を歴任した。2015年まで約10年間日本バレエ協会長を務めたほか、ロシア国立モスクワバレエアカデミーの名誉教授にも就いた。昨年には、ロシアの舞踊誌が主宰する「踊りの魂賞」をロシア出身者以外で初めて受賞した。

 世界的なバレエ資料の収集家としても有名だった。1930年代から集めた膨大な資料は2006年、兵庫県西宮市の県立芸術文化センターに寄贈され、「薄井憲二バレエ・コレクション」として館内などに展示されている。(谷辺晃子)