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 軍事政権下のパキスタンで、民主化を訴えたベナジル・ブット元首相の暗殺事件から27日で10年。いまだ真相は闇の中で、軍部が関与したとの疑念が消えない。事件の反動で民主化は進んだものの、絶大な力を維持する軍部の影が再び政治を揺るがし始めている。(イスラマバード=乗京真知)

 白いスカーフをまとったブット氏が首都イスラマバード近郊の演説会場に現れた。「民主主義を取り戻し、独裁を終わらせる」と数千人の聴衆に訴えた。

 2007年12月27日。総選挙を目前に、ムシャラフ大統領(当時)率いる軍政に不満を持つ国民らの間でブット氏の人気は最高潮に達していた。ブット氏は米英の後押しで8年ぶりに亡命先から帰国。政敵だったムシャラフ氏との連携を模索したが決裂し、選挙で政権奪還を目指していた。

 演説を終え、会場を後にするブット氏が車から身を乗り出した時だった。「タン、タン、タン」。至近距離から銃声が3回響いた。ブット氏の頭が揺れ、車内に崩れ落ちた――。同乗していた秘書のナヒド・カーンさんが明かした光景だ。

 ナヒドさんは「側頭部の傷穴から血が噴き出し、意識はなかった」と振り返る。直後に車外で銃撃犯が自爆し、24人が死亡した。事件の風化を案じ、日本メディアの取材に初めて応じたナヒドさんは、「射殺だった」と断言した。

 ところが、事件をめぐる軍政の対応は不可解だった。射殺だったとする証言を無視し、自爆の衝撃でルーフに頭がぶつかったとする「爆死」を唱えた。

 背景にあるのが、至近距離での射殺を許した要人警護の不備だ。現場に居合わせた男性(59)は取材に「警護の警察車両が、事件前に現場から走り去るのを見た」と証言した。

 事件後、警察は現場に放水し、…

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