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 世界文化遺産の登録をめざし国内候補になっている百舌鳥(もず)古墳群(堺市)。代表格の仁徳陵古墳の隣にある古刹(こさつ)が、市から墓ごと立ち退きを求められている。戦災復興の公園整備の目的で、市は都市計画決定に基づき移転交渉を進めるが、寺は移転先が見つからず、建物の改築もできない状況に、困っている。

 寺は日蓮宗の朝日寺(約1千平方メートル)。東に仁徳陵古墳があり窓から濠(ほり)が見える。北に銅亀山古墳、南に狐山古墳がある。

 粟野泰全(たいぜん)住職によると、寺は1752年に大阪・森之宮に設けられた草庵(そうあん)が始まり。1929年の都市計画事業の道路建設に伴い、31年に堺市に移転。1848年に建てられた本堂や表門は解体して移築した。墓地には約20基の墓石がある。約半世紀、住職不在の状態だったが、2010年に粟野氏が就任した。

 国は戦災復興の目的で1947年に古墳周辺の大仙公園を都市計画決定区域に指定。寺の土地は75年に事業認可された。道路などをつくる公益がその場所に住み続ける権利を上回っていると判断すれば、自治体は土地収用制度に基づき、私有地を強制的に取得できる。市が寺に移転を伝えたのは2013年で、寺を訪れて直接求めた。

 寺は近くの民有地に移転しようと地主と交渉したが「本堂はいいがお墓は難しい」と拒まれた。寺の南側にある市駐車場への移転を市に相談したが、市は世界文化遺産登録後の観光客増を見込み「駐車場として適切な位置にある」としている。

 市条例は墓地の設置場所について学校や病院などの施設や人家から200メートル以上離れていることと定めている。市は南区の市有地への移転を打診したが、檀家(だんか)が反対し、立ち消えになった。

 今年夏に世界文化遺産の国内推薦が決まり、古墳周辺では交番やガイダンス施設建設の準備が進む。だが、事業認可された土地の建築物は増改築などに制限を受ける。粟野住職は「境内の整備も認められず、寺はこのままでは朽ち果ててしまう」と話し、寺を計画の決定から外すことを市に求めている。

 この問題は市議会でも取り上げられた。自民市議が「寺の土地はいるのか。権利者の思いを重視するべきだ」と質問。副市長は「普通は金銭で買収するが寺であり、そうはいかない。代替地はいろんな提示があるが中身を議会で論じるのは適切でない」と答えた。

 ある市幹部は「今回のように一度決まった都市計画決定を変えるのは、ほぼ無理だ」と話す。取材に対し、市は「個別案件で答えられない」としている。(村上潤治)

「大義名分に疑問」

 五十嵐敬喜・法政大学名誉教授(公共事業論)の話 都市計画を決めた終戦直後と現在では状況に大きな変化がある。現地は広大な公園が整備され、新たな公園造成のための移転に公益という大義名分があるか、疑問だ。だが、一般的には、事業認可され、すでに立ち退いた人がいた場合、認可を取り消すのは法的に大変で、決定の効力もほぼ永遠に続く。

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 〈南部大阪都市計画・大仙公園〉 仁徳陵古墳と履中陵古墳を囲む位置で公園を整備するため、1947年に都市計画決定。63年に初めて事業認可された。計画面積約81ヘクタールのうち約37ヘクタールが整備済み。2015年に住宅が密集するJR百舌鳥駅周辺が認可され、一部で移転が始まっている。