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 東洋工業(現マツダ)がロータリーエンジン(RE)の量産を始めて50年の節目にあたる年に「REの父」と呼ばれた山本健一さんが亡くなった。

 1960年代、実用化が難しく、「夢のエンジン」と言われたREに取り組むことになったのは、独自のエンジンを持ち、特色あるメーカーとして生き残るためだった。その重責を担う開発責任者に選ばれた。当時、国内の自動車市場の開放を求める海外からの圧力が高まり、国が業界再編を主導するとささやかれ始めていた。

 REの開発を始めたときの「演説」は、今なお当時の部下たちの語りぐさになっている。大半が20代半ばの総勢47人を前に呼びかけた。「我々四十七士はロータリーエンジンが完成するまで……」と赤穂浪士になぞらえ、不可能とも言われた開発に向け、奮い立たせた。

 現場では若手でも部外者でも分…

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