【動画】今年2月、障害者スノーボードについて語る成田緑夢選手=竹谷俊之撮影
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 来年3月開幕の平昌パラリンピックで、スノーボードが新競技として採用される。初代王者候補として期待されるのが、成田緑夢(ぐりむ)、23歳だ。

 「僕が掲げてきたのはパラリンピック、オリンピックに出たいという夢。想像していた予定の中を順調に進めている。うれしいです」。25日、日本障害者スキー連盟が代表候補選手を発表した記者会見。紺色のウェアを着た成田は、丁寧な言葉で心境を語った。

 ベテランが多い冬季パラリンピックの日本チームの中で、成田は期待の新星だ。会見終了後も二重三重の記者に囲まれた。関係者が気づかって退場を促しても「僕は時間があるのでいいですよ」と言い、背筋を真っすぐ伸ばし、相手の目を見て受け答えした。

兄は童夢さん、姉は今井メロさん

 1歳で板を履いた成田は、スノーボードで2006年トリノ五輪に出場した成田童夢さん、今井メロさんの弟。父親の熱血指導で知られる「成田3きょうだい」の末っ子だ。幼い頃からの鍛錬でスノーボード以外も運動能力を発揮し、高校時代はトランポリンで全国優勝。フリースタイルスキーでも活躍し、兄、姉に続く五輪出場は手の届きそうな夢だった。

 暗転したのは13年4月。自宅でのトランポリンの練習中、体勢を崩しながら落下した。左肩が左ひざに強打し、左ひざから下がまひする障害を負った。「左足は切断になるかもしれない」と医師が診断するほどの大けが。五輪一家で育った19歳を襲った突然の悲劇だった。

けがで暗転…「楽しもう」と再起

 体を動かすことが大好きだった青年が、一時は「スポーツをやめたい」とふさぎ込んだ。「スポーツを楽しんでみよう」と気持ちを切り替え、運動を再開。健常者も出るウェイクボードの大会で優勝すると、障害のある人からSNSでメッセージが届いた。「緑夢君の頑張る姿を見て、僕も、もう一度スポーツをやってみようと思った。勇気をありがとう」。この瞬間、パラリンピック出場という新しい夢ができたという。

 「僕がスポーツをすることで、人に影響を与えられると知った。これを、もっと大きな舞台でやれたらいい」

挑み続ける「理由」とは

 水泳や走り幅跳びなど様々なチャレンジを続けている。今年は初めてトライアスロンの大会にも出場した。未知の競技をやると、時に左足は悲鳴を上げる。それでも行動するのは、なぜか。朝日新聞スポーツ面の連載「VOICE OF ATHLETE」で、挑戦の理由を記している。

 〈僕の最大の目標は、障害を持っている人、ケガをして引退を迫られている人、一般の人に希望、勇気を与えること。達成するために一番ふさわしい方法をいつも探しています〉

 本職のスノーボードでは、12月2日のワールドカップ(フィンランド)で優勝。平昌へ向けて調子は上々だ。日本代表の二星謙一ヘッドコーチは「足の踏み込む力、体の動かし方は世界で見ても秀でている」と話す。

 課題は左のターン。まひしている左足はつま先が上げられないため、なかなか思い通りには曲がりきれない。いかに体幹の力で重心を操り、手や腰でバランスを取って滑るかがポイントになる。「僕の勝敗は、カーブをどれだけうまく滑れるかにかかっている。残りの時間も、その練習に費やしたい」。挑戦は続く。(波戸健一)

〈障害者スノーボード〉 障害の程度によって3クラスに分けられる。ひざ上から下肢障害のあるSBLL―1、ひざ下のSBLL―2、上肢障がいのSB―UL。成田緑夢は、SBLL―2クラス。平昌パラリンピックから新競技として実施され、複数の選手で同時に滑走してスピードを競うスノーボードクロス、3回の滑走でベストタイムを競うバンクドスラロームの2種目がある。日本障害者スキー連盟は、成田と小栗大地の2選手を代表候補として日本パラリンピック委員会(JPC)に推薦していて、来年1月22日に正式決定する。