拡大する写真・図版 全日本選手権男子大回転を制し、平昌五輪代表を有力にした石井智也

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 人口約3400人。「日本一小さな市」、北海道歌志内市で育ったアルペンスキーレーサーが26日、平昌(ピョンチャン)五輪代表選考会を兼ね、北海道釧路市の国設阿寒湖畔スキー場で行われた全日本選手権で男子大回転を制した。石井智也(ゴールドウイン)、28歳。2回とも最速タイムを記録し、合計タイム1分46秒36で3大会ぶり3度目の優勝。この種目で残された代表選考会である来年1月のW杯大回転で、石井を除く日本勢が8位以内の好成績を収めなければ、代表に内定する。

 「五輪に出場できる特別なチャンスをもらって、それを生かすことができたのは良かった。ほっとしている」。優勝した石井は、小さく息を吐き出して言葉を選んだ。昨年12月の左ひざ前十字靱帯(じんたい)断裂など度重なるけがを乗り越え、初の五輪代表に大きく前進した。

 石炭で日本の近代化を支えた旧産炭地の一つ、歌志内市はアルペンの盛んな地だ。かつての「ヤマの街」で育った石井も、小学3年から名門クラブ「かもい岳レーシング」で滑り始め、全国中学、全国高校総体で頂点に。極めつきは北海道・北照高時代の2008年、世界ジュニア選手権の回転で3位に入り、日本男子として3人目の表彰台に立った。その時の優勝は、今やW杯歴代4位の通算49勝しているヒルシャー(オーストリア)だった。

 「日本アルペン界、久々の光」として、皆川賢太郎(現全日本スキー連盟競技本部長)、佐々木明、湯浅直樹(スポーツアルペンク)の後継を期待されたが、東海大時代の大けがで伸び悩んだ。

 4年ほど前から海外のクラブチームで腕を磨く石井が振り返った。「もっと早い年齢から海外に身を置いてレースを転戦しようと考えていたが、けがでできなかった。(海外での活動は)すごいプラスになっている」

 オーストリアに拠点を置くため、日本にはない、硬いバーンの氷河で身近に練習できる。レースの転戦にも移動時間を取られない。何より、ハングリー精神あふれる海外勢と切磋琢磨(せっさたくま)してきた。「自分は周りに流されないタイプで、それが海外でさらに強くなった。オンとオフの切り替えも学んだ。若い選手たちはどんどん海外に挑戦してほしい」。石井の言動には、世界で活躍するためのヒントがある。

 この日のレースは、W杯並みに固められた硬いバーン。石井はスキーをうまく滑らせてタイムを失わず、2回とも最速タイムを奪った。海外で身につけたことが生きた会心のレースだった。(笠井正基)