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 駒大の1区は片西景(3年)が走る。8月に台湾であったユニバーシアードのハーフマラソン金メダリスト。陸上エリートとはほど遠い経歴から、名門校のエース格に育った。

高校時代はほとんど一人で練習

 東京・国立二中では軟式野球部で二塁手。阪神の金本(現監督)にあこがれたが、体が小さいため「高校で硬式は無理だなと」。陸上をしようと心に決めて、都立高を受験したが、合格できなかった。陸上では無名の昭和第一学園高に進んだ。

 駅伝メンバーは10人ほどいたが、ほとんど一人で練習していた。入学後、たちまち1番になってしまうようなレベルだったからだ。「高校駅伝の東京都予選でも、僕が1区で(区間賞で)走って、それで終わりというチームだった」。全国では無名で、都内で目立つ程度の存在だった。トラックでは強豪校の選手たちに割って入り、スタートから先頭を譲らなかった。

 駒大の大八木弘明監督(59)が当時を振り返る。「前に前に、小さい体でガンガン引っ張っていた。タイムはそこそこでも、走り方が好きだった。無名校の一匹オオカミという感じで、気持ちだけは強いと思って声をかけた」

名門大学で急激に成長

 大学でハイレベルの環境に入り、1年時はなかなか疲労が抜けなかった。箱根デビューは2年時で、9区区間4位。そこから急激に成長した。2月の丸亀国際ハーフマラソンで、学生トップクラスの1時間2分31秒。これで自信を深め、ユニバ―シアードでは駒大のエースといえる工藤(4年)に競り勝った。「あの時は工藤さんの状態が良くなかった」と話すが、Wエースの自覚が芽生えた。

とにかくロードに強い

 165センチ、49キロ。トラックの1万メートルのベストは29分30秒73と平凡だが、とにかくロードに強い。「ハーフマラソンの通過の10キロで29分8秒もあった。トラックは苦手。みんながイン(コース)に行こうとするのが嫌い」。在学中にマラソンに挑戦したいという欲も出てきた。日本歴代2位の2時間6分51秒の記録を持つ藤田敦史コーチ(41)も「ロードなら勝負できる」と太鼓判を押している。(伊藤雅哉