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 冬の晴れ日の往診。「遅くなりましたー」「どうぞー」と大きな返事。正午のチャイムが街に流れる。高血圧と糖尿病の80歳の照子さん、「食べかけたところですからー」。鯖(さば)と生姜(しょうが)の煮付け、油揚げと大根の炊き合わせがテーブルに並んでいた。作ったのはご主人。「この人の料理、ほんとおいしい。私のレシピをしっかり教えました」とペロリと舌を出す。85歳のご主人、難聴。「腹七分目でね」と指導すると、「2杯はお代わりしますよ」と照子さん強気。診察済ませて失礼しようとすると、玄関先に洗濯物がズラーと並んでるのが目に留まった。「わしが洗いました」。家の掃除もである。家事の一切をご主人がする。日本の未来の姿の一端ここにあり、とご主人に深く一礼した。

 次の往診先も同じ町内の家。端正な佇(たたず)まい。「おじゃましますー」と居間へ直行。車椅子に乗ってテーブルについているのは、同じく高血圧と糖尿病の、83歳の元銀行員の和男さん。食卓にコーヒー。「朝が遅かったので、昼はこれ」と温厚な奥さん。中庭の八朔(はっさく)の黄色が鮮やか。

 「先生ね、きのうの夜中、大変でした」と奥さん。認知症のある和男さん、時々夜中に混乱する。「さあ帰るぞ、おこせー」。きのうの夜中は違った。いつも夜中に尿取りパットを替えるのに、きのう奥さん、つい眠り込んだ。気が付くと夜中の3時。和男さん、大量の両便失禁。下着もパジャマもシーツもどっぴんしゃん。奥さん一人で着替えに大格闘。続いて夜中の大洗濯。縁の竿(さお)に干した時だった。「真夜中の澄んだ夜空にオリオン、きれいに光ってました。ふたご座もこいぬ座も。うれしかったー。私、星大好きー」。寝静まった街に、宇宙からのプレゼント。日本の現実の姿ここにあり、と奥さんに深く一礼した。

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。