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ロータリーエンジンの半世紀 栄光編(1)

 寺田陽次郎(70)は1947年、父菊次、母多津子の長男として神戸で生まれた。時は戦後の混乱期ではあったが、実家はケミカルシューズの工場経営という恵まれた生い立ち。当時庶民の憧れだった自動車は、ものごころついた時にはすでに身の回りにあった。

 「女だてらに」。まだこんな言葉が使われていた時代に、母は自らハンドルを握った。寺田はいつも助手席で、運転の様子を観察した。「成果」を初めて披露したのは小学校3年生のとき。立ったままアクセルとブレーキを踏み分け、庭で器用に乗りこなす。降りたあとには「シフトアップがわからない」と言って母をあきれさせた。幸せな幼年時代の記憶は、常に車とともにあった。

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 だが中学3年生のとき、寺田は父を亡くす。それ以降ふさぎ込みがちだった息子を母は元気づけたかったのだろう。寺田を連れ、64年5月に三重・鈴鹿サーキットを訪れた。田舎道を何時間も走り続けた先に、突如目に入ったメインゲート。その華やかさ、雰囲気に寺田は魅了された。

 その日開催されていたのは、「…

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