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 91歳で逝った女性の「偲(しの)ぶ会」が昨年12月24日、白川町で開かれた。町でただひとつの病院、白川病院の初代院長・野尻元廣さんの妻だった佐代さんだ。

 元廣さんは白川町出身。第2次大戦前は無医村だった故郷で母親が37歳で亡くなったことを機に、「命を守る人になろう」と医師を志す。1946年、病院の前身の白水館医院を開き、多治見市出身の佐代さんと結婚した。だが激務の結果、元廣さんは64年に45歳で他界する。

 現院長の眞さん(68)は当時15歳。父の葬儀に参列した人々の前で「何とか自分も医師になるから、それまで病院をぜひ続けてください」と懇願した。元廣さんの友人・知人の医師や岐阜大学第一外科が応援で診療にあたることになり、地域医療の拠点は守られた。佐代さんは「開設者」として経営の中心を担った。

 言葉通り医師となった眞さんは82年に2代目院長に就任後、積極的に動いた。地方の民間病院として早い時期にCT・MRI装置を導入したり、在宅介護支援センターも活用して在宅医療の仕組みを整えたり。

 そんな活動を事務長として支え続けて昨年11月に亡くなった佐代さんに、「偲ぶ会」で、横家敏昭・白川町長は感謝状を贈った。代わりに受け取りながら眞さんは、「命を守る」父の遺志を継ぐために、母や職員の人たちと乗り越えてきた日々を振り返っていた。

 

 「売国奴、スパイの親戚」。眞さんは小学生のころに周囲からそんな言葉をかけられたことがある。「『ゾルゲ事件』にかかわった」として戦時中に処刑された尾崎秀実(ほつみ)は、父親がいまの白川町出身。父親の妹が元廣さんの祖父と結婚しており、尾崎家と野尻家は確かに親戚関係にある。

 尾崎自身は東京生まれで、生後…

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