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 奈良公園(奈良市)には約1200頭の鹿がいる。毎日合計1トンほどの糞(ふん)をするが、園内が糞まみれになることはない。掃除して自然界に戻す虫「糞虫(ふんちゅう)」がいるからだ。中学生の頃、その美しさや生態に魅せられた中村圭一さん(53)=奈良市高畑町=が奈良公園の近くで、糞虫と「糞虫の聖地」を紹介する施設の開館準備を進めている。

 「この辺りが鹿の通り道です」。中村さんに案内され、春日大社境内に続く奈良公園の林に踏み入った。落ち葉の中に鹿の糞があった。周囲に糞の粉。糞虫が入り込んだ証拠だ。枯れ枝で糞を割ると羽の一部が黄色い3ミリほどの虫が数匹いた。「ネグロマグソコガネです。春秋は種類が多いですが、今は地味な4、5種類しかいないんですよ」

 糞虫は食糞性コガネムシのこと。数ミリから数センチの大きさで、動物が消化できない成分を食べて分解する。食べかすは微生物も作用して芝生の養分となり、その芝を鹿が食べる。糞虫のおかげで糞の分解は格段に早まり、ハエの繁殖を抑える効果もある。

 鹿の糞が多い奈良公園は糞虫にとって絶好の生息環境だ。中村さんによると、国内150種余りのうち、約60種が確認されている。糞虫愛好家の間では「聖地」と呼ばれている。

 中村さんは小学3年の時、大阪府内から奈良公園の南の高畑町に転居。自宅近くの奈良女子大学文学部付属中学校・高校(現奈良女子大学付属中等教育学校)に通った。中学時代、友だちに糞虫の存在を教わり、奈良公園でルリセンチコガネを見た。木漏れ日を受けて輝く姿に魅せられ、昆虫同好会を設立。高校2年の時、同好会の糞虫研究が中学・高校生の公募コンクール「日本学生科学賞」の地方審査で県知事賞を受賞した。

 京都大学に進学し、卒業後、農林中央金庫に勤務した。事業再生や震災復興などに携わる一方、糞虫観察のため、中国・新疆ウイグル自治区、カンボジアなどに出かけた。

 2年前、東京都内の本店で管理職になり、事務仕事が増えた。「この先、仕事でわくわくするようなことは起きそうにない。新しい何かに挑戦したい」。冗談まじりで口にしていた「奈良に糞虫館をつくる」という夢を実現しようと思い、早期退職。奈良に戻り、「ならまち糞虫館」の設立準備を始めた。奈良公園西側の南城戸町で今年7月の開館を目指し、改修工事などを進めている。

 標本の展示はただ並べるのではなく、宝飾店のようにおしゃれにする。「糞」のマイナスイメージと、意外な美しさの落差を感じてもらうためだ。宿泊施設と連携した自然観察ツアーなども計画している。

 中村さんは「奈良といえば鹿だが、その生態系が保たれているのは糞虫がいてこそ。目に見えない存在の魅力を感じてほしいです」と意気込んでいる。(古沢範英)