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 岩手県山田町の大川貞男さん(75)は東日本大震災で大きな揺れを感じた直後、防潮堤に上って海を見渡した。潮位が上昇し、これまでに見たことがない光景が広がっていた。

 40年以上、カキやホタテの養殖業を営んできた。「地震が来れば、津波が来る」。その場を離れ、高台に向かう前に海から約100メートルの自宅に立ち寄った。突然、玄関から水が流れ込んできた。瞬く間に水位が上がり、洗濯機でかき回されるように家の中を流され、気を失った。

 倒壊した自宅の屋根の下で意識が戻った。元の場所から約200メートルの高台に流されていた。水は引いていたが、体に力が入らない。「助けてくれ!」。救出され、近くの小学校に運ばれた。防潮堤で一緒だった仲間4人は亡くなっていた。

 傷だらけになって病院で応急処置を受けた。左手の爪ははがれていた。数日後、突然言葉が出なくなった。救急車で搬送中に気を失い、2日間ほど意識が戻らなかった。破傷風の菌が見つかり、そのまま半年間、入院した。

 退院後、仮設住宅で妻のヒメ子さん(73)と暮らし始めた。自宅と船は津波に流され、後遺症で左腕が自由に動かせなくなった。力仕事はできない。養殖業は廃業するしかなかった。「死ねばいがったんだ」。生き残った罪悪感から毎日、弱音を吐いた。「おめえはええんべやさ」。仕事をしない自分に対し、仲間の漁師の何げない一言が心に刺さった。海に足が向かなくなった。

 ヒメ子さんは毎日通院に付き添…

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