岩手県釜石市の柏崎龍太郎さんが昨年末、亡くなった。85歳。東日本大震災の津波で長女を亡くし、自宅も流された。悲しみを抱えながら、安全なまちの再建に向けて声を上げ続けた「ご意見番」だった。ようやく再建した自宅で過ごしたのはわずか3日。年老いた被災者にとって、6年9カ月は長過ぎた。

 2011年3月11日、津波を警戒して自宅裏の高台に妻のキヌヱさん(82)と避難した。新日鉄(現・新日鉄住金)釜石製鉄所元社員で、眼下に見える自宅は鉄骨づくり。強固な構造で津波にも耐えられると信じていた。だが、視線の先で、周囲の家とともにもろくも壊れた。

 電話で無事を確認した長女の美幸さん(当時48)は流された車の中で遺体で見つかった。その衝撃が「本人にとってすべての原点だった」と家族は振り返る。

 常に被災者の先頭に立った。地区の住民が共同で避難生活を続けた集会所では「村長」。仮設住宅に移ると、行政や支援団体の窓口を務めた。市の住宅再建説明会では「仮設で生涯を終えたくない」と訴えた。被災者を1人で代弁するかのように、「防潮堤ができる前に家を再建しろというのか」などと市に質問や意見をぶつけた。

 市もその見識と指導力を頼り、追悼施設のあり方を検討する委員会の委員長を頼んだ。被災した集落の復興に取り組むNPOの理事長にも就き、若い世代と一緒に観光振興などに取り組んだ。笑顔と赤いほおがトレードマークだった。

 時にその顔は曇った。震災から…

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