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 100分の1秒を争うスピードスケートで、その滑りとともにタイムを左右するのがレーシングスーツだ。日本代表が着るのは、「いかに低い姿勢を保てるか」を追求したモデル。ソチ五輪でメダルなしに終わったスピードスケート陣営だけでなく、かつて、水着の開発で苦い経験を持つ開発担当者にとっても、平昌五輪は雪辱の舞台となる。

 日本スケート連盟はソチ五輪後、復活を期すためナショナルチーム(NT)を創設。その際、1988年のカナダ・カルガリー五輪から、日本代表にスーツを供給してきたスポーツ用品大手のミズノから他社へ変更する話も出たという。

 NTのヨハン・デビット中長距離コーチは、2015年の就任後、スーツについて「滑走する時、下に引っ張られるようなスーツがいい」と希望を出した。

 この要望に対し、NTとより連携を深め、細かな現場の声も拾いあげることでミズノは信頼を取り戻した。スーツ開発を担当する辻中克弥さん(47)は「今までは作ったものをどうですかという感じで使ってもらっていたが、平昌は勝つため一緒に話をしながら作ってきた」と話す。

時代の変化に置いていかれた

 かつては動きやすさと空気抵抗の軽減を求めていたスーツの流れが変わったのが、02年ソルトレークシティー五輪。ナイキが伸縮性の違う四つの素材を組み合わせ、滑走時の「姿勢保持機能」を持つスーツを開発した。最初は「体が圧迫されて動きにくい」と選手に不評だったが、実際に滑ると速かった。男子1000メートルではこれを着た米国、オランダ勢が7位までを独占した。

 開発競争に後れをとったミズノは、続く06年トリノ五輪から、「姿勢保持機能」を持つスーツの開発に乗り出した。

 さらに2年後、今度は競泳で「高速水着」旋風が起きた。08年北京五輪の直前に英スピード社の「レーザー・レーサー」が登場し、好記録を出す選手が続出。ミズノの水着を着るはずだった日本選手が、五輪本番で締め付けのきついレーザー・レーサーに変更するケースもあった。当時、水着の開発にも関わっていた辻中さんは「ちょうどミズノ独自のブランドで水着を開発したところだった。レーザー・レーサーが出て痛い目にあわされた」と振り返る。

 スピードスケートでは、10年バンクーバー五輪で通気性にも配慮したメッシュ状の新素材など異なる4種類の素材を53パーツ(女子は54)組み合わせ、14年ソチでは5種類、40パーツを使った。

平昌モデルは体のぶれを防ぐ

 今回の平昌モデルは、伸び縮みしにくいウレタンラミネート素材を、ソチモデルではスーツ全体の35%だったのを55%に増やした。「無駄な動き、体のぶれを防ぎ、体幹を安定させる」のが狙い。同連盟の湯田淳スピード強化部長は「低姿勢の方が空気抵抗は少なく、姿勢がサポートされれば体への負担も軽減される」と評価する。

 スーツは胴体部分は白、足や胸の「JAPAN」のロゴは「勝利を獲得するイメージ」(ミズノ)と金を配したデザインだ。選手が着用してのお披露目は、19、20日に長野市内であるタイムトライアルとなる予定だ。辻中さんは願う。「次こそ結果を出したい」。五輪期間中はホテルにミシンを持ち込んで微調整や修理対応を行う。(榊原一生)

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