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ロータリーエンジンの半世紀 栄光編(2)

 「多額の銀行預金」

 「家族の理解と応援」

 レーサーを志した寺田陽次郎(70)は、この文字を前に沈黙した。インターネットなどない時代、やっとの思いで見つけたレーサー志望者向けの洋書には、これらが不可欠と書いてあったからだ。

 母の多津子は、寺田が家業のケミカルシューズ工場経営を継ぐことを望んでいた。それはわかっていた。決意を打ち明けると、「そうか」。熱しやすい息子の性格から、いつかはあきらめると思ったのだろう。だが「一番身近な人を説得できないでどうする」と、夢を語り続ける寺田に、ついに折れた。かけた時間は1年。粘り勝ちであった。だが、ひとり息子を思いもしない形で手放す母の胸中は、いかばかりだったか。

 レーサーへの第一歩として選んだのは、人づてに聞いたレース界の草分け的存在、古我信生(のぶお)に弟子入りすること。古我は1959年の第1回日本アルペンラリーで優勝。海外のレースにも参戦し、自身のチームを率いていた。寺田は高校卒業後、大学進学の資金を手に上京。「4年でものにならなければ家に帰る」と決めた。65年春。18歳だった。

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 「父親代わりに育てて下さい」…

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