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ロータリーエンジンの半世紀 栄光編(3)

 寺田陽次郎(70)のレーサーとしての第一歩は、1965年9月、鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で刻まれた。ホンダS600を駆り、5位。ルーキーとしてはまずまずといったところだった。

 週末にはサーキットへ向かい、S600を走らせ、「兄弟子」である大橋孝至(たかよし)らと切磋琢磨(せっさたくま)する日々。寺田は大橋とともに、雑誌「AUTO SPORT」(67年3月号)に取り上げられ、母多津子への思いをこう語っている。「いまのボクの走りっぷりでは、とても危なっかしくて、母には見せられません」。多津子はこの記事を切り取って、大切に手元に残した。

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 こうして歳月は、あっという間に過ぎていく。ゆえに遠く離れた広島の東洋工業(現マツダ)で何が起きているのか、寺田は知るよしもなかった。

 東洋工業が社運をかけたロータ…

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