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 政府批判のデモや集会は戦後のもの、という印象があるかもしれない。だが日本で民衆運動によって内閣が倒れた最初の例は1913年だ。

 陸軍大将の桂太郎が前年末に組織した3度目の内閣に対し、陸軍や長州藩閥、官僚が帝国憲法を無視した政治をしていると、数百数千の人々が国会周辺や日比谷公園で連日、抗議集会で気勢を上げた。スローガンは「憲政擁護・閥族打破」。2月10日には暴動に発展。騎馬警官に蹴散らされた群衆から複数の死者も出た。政府寄りの新聞社が襲撃され、日比谷や銀座などで交番が次々に襲われた。

 混乱の責任をとる形で桂内閣は総辞職する。「大正政変」、または「第1次護憲運動」とも呼ばれている。

市民運動と政治の関係、現代は
戦前の護憲運動とのつながりを積極的に意識した党名という立憲民主党の枝野幸男代表へのインタビューもあります

 戦後をしのぐ激しさだが、当時…

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