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 #MeTooを足元から見つめてみようと、取材班はメディアで働く人たちにアンケートをしました。女性が少なく、立場の強い男性と向き合う機会が多い。このシリーズで注目した声の上げにくい環境が、メディアにも当てはまります。集まった声を頼りに、発信する側としてこの問題にどう取り組んだらいいのかを探ります。

ヒエラルキーが温床に

 体験や声の上げにくさを書いた意見がアンケートに寄せられました。

●「女性が少ない組織の中で生き抜くために男性化せざるを得ない方々がたくさんいる状態の中で、セクハラ被害は当たり前、さらに発信されていくのは男性目線のものばかりです。多少のセクハラなんて当たり前というマインドで仕事をしていると、自分自身も『男性的』な報道に疑問を持たなくなっていったと感じます。ただ、こういった自分自身の反省が後輩に伝わっているかというと、伝わっていません。そもそも女性記者が少ないこと、いても『男性化』せざるを得ない部分があり(自分にも身に覚えがあります)ジェンダー的な議論を避けるところがあるためだと思います。正直、自分に何ができるんだろうと諦めるような気持ちもありますが、少なくとも組織に残って、変えられるところは小さなものでも変えていきたいと思っています。ただ、そのためには長時間労働に合わせる必要があり、子供のことを考えると、ジレンマを抱えているのが現状です」(30代女性)

●「若い頃は本当にセクハラを多く受け、この業界そのものがセクハラの温床なのだと考え諦めることにしていました。やがて自分も年を重ね、時代の空気も変わり、セクハラが減少している傾向も感じていたので、あの頃は仕方がなかったのだと葬り去ろうと思っていました。そこに、今の強いムーブメントが起こり、自分はどう振る舞ったら良いのか困惑しているのが、正直なところです」(40代女性)

●「取材先から胸を触られたが、あいまいに流した。共通の知り合いも多い人だったので、その後の関係が壊れることや訴えた後の調査などの煩わしさを考えて誰にも伝えなかった。性暴力の加害者や被害者の取材をしているが、いざ自分のこととなると表沙汰にする気力が起きなかった。取材をしている時の姿勢とは矛盾しているし、こういうことの積み重ねが性暴力を許す土壌を作ることにつながることも頭の中では理解できる。たいしたことじゃなかったと思うことで、逃げた自分と向き合わないようにしているのではないかと思う」(20代女性)

●「女性の営業は珍しく取引先や社内でも食事に誘われた帰りなどに強引、また強引でなくても何らかの理由で誘われることが多かったです。そのたびに感じたのは、自分を仕事の相手と見なしていなくそんな対象に思われたのかと相手への腹立ちだけでなく、自分への情けなさでした。なので自分が恥ずかしく、抗議しようとか打ちあけようと思いませんでした」(50代女性)

●「この業界ではセクハラは当たり前なのでやり過ごすことも仕事のうちと考え、問題にもしてこなかった。そうした自分や我々の世代の対応がいつまでもセクハラがなくならない社会を存続させてきたと思い、情けなさを痛感している。レイプ以外のセクハラはセクハラではないと考える人が大変に多いことも痛感。今こそ、『そもそもセクハラとはどういう行為を指すのか』という段階から、メディアは伝えるべきだと思う。発信できる立場の人間として自分自身も方策を考えたい」(40代女性)

●「若かりしころ、酒席で脱ぐことを強制されたが、当時はセクハラという言葉も流通していなかった。今にして思えば、立派なセクハラだと思う。男性的なヒエラルキー社会(上下の意識)が女性に対するセクハラを生み出す土壌の一つになっているのではないかと思う」(40代男性)

●「県警キャップだった時、後輩の女性が取材先の警察官からキスされそうになったと聞いて、事件のネタほしさに『少しくらいならいいじゃない』と言ってしまったことを後悔しています。助けてあげるべきだったこと、キャップの重責から逃れた時にようやく気付きました。マスコミにいるなら少しくらいのセクハラは我慢するべきだと私自身も思っていた節があります」(30代その他)

ネットアンケート 191人回答

 日本で#MeTooの動きが広がったのは、ブロガーで作家の、はあちゅうさんが広告会社に勤めていた時の被害を告白したのがきっかけでした。昨年末には、岩手日報の女性記者が取材先の町長からわいせつ行為を受けたとして、同社が町長に抗議。朝日新聞デジタルのアンケートにも、「多少のセクハラも平気です」と書かれた内定者のエントリーシートを見た、というメディア関係者の声がありました。

 取材班は、自分たちの足元からこの問題を考えたいと思いました。セクハラを体験したり見聞きしたりしながら、やり過ごしてきたことはなかったか。声をなぜ上げてこなかったのか、と。

 私たちは、この問題にどう向き合うべきかを考えるきっかけにしたいと、メディア(新聞、テレビ、出版、広告など)に働く人を対象にアンケートを実施しました。1月11~17日にインターネット上で行い、20代から60代以上の191人から回答を得ました。回答者の4分の1は男性でした。その結果の一部が、上のグラフです。

 働く中で性被害やセクハラに遭ったことがあると回答した人は119人。相手は「社内の先輩、同僚」と「取材先」が多くを占めました。7割近くは誰にも相談しなかった、と答えています。メディア業界で性被害が起きる背景として「酒席の場が多いから」「仕事相手との力関係の差が生じやすいから」を挙げる人が多くいました。

 自由記述には、被害に遭っても声を上げてこなかったことへの反省や、「加害者を批判するだけでは解決につながらない」など、対応の難しさがつづられています。

 メディアの各分野で働く人の性被害やセクハラの実態について、統計的調査が実施された例はほとんどありません。一方で今回のアンケートは業界に広く呼びかけたものではなく、回答者の属性にも偏りがあります。グラフ化した数値は、必ずしも統計学的に意味があるものとは言えないことをお断りします。

メディアは毅然と対応を 林香里・東京大学大学院情報学環教授

メディアは#MeTooの動きにどう向き合えばいいのか。ロイター通信で記者経験もある林香里・東京大大学院教授(ジャーナリズム研究)に聞きました。

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 差別される側の痛みをくみ取るためにも、女性はメディアに不可欠な存在です。メディアは本来、非常に大きな権力と立ち向かう存在として政治家だったり、大企業だったり、都合の悪い情報を握りつぶそうとする相手と向き合うわけです。

 そのメディアで働く女性たちが性被害やセクハラを受け、そのせいで十分に権力を監視できないとしたら、業界だけでなく、社会にとっても大きな損失です。また、権力を持つ人たちのセクハラを放置していては、性被害のない世の中になるはずがありません。例えば、権力側がセクハラと引き換えに情報を出すようなことがあるとすれば、非常に危うい社会です。これを許すことは、民主主義社会が壊れていることの証左とも言えます。

 取材先との関係が悪くなることへの恐怖や、被害に遭ってしまったことへの自責の念などから、声を上げられずにいる人もいるでしょう。声を上げた当事者たちを非難する動きもあるようですが、弱い立場の苦しみこそ、立場を超えて社会全体で共有していくべきです。「被害を受けた側にも問題がある」と個人の問題に矮小(わいしょう)化してしまうのではなく、岩手日報の例のように、企業や業界として「性暴力は一切許さない」と毅然(きぜん)と対応しない限り、現状は変わらないと思います。

 メディア業界が声を上げることで、他の業界にもこの動きが広がるきっかけとなるかもしれません。(聞き手・岡崎明子)

女性管理職 増加で意識変化

 発信する立場にあってもセクハラや性被害について声を上げにくい要因の一つとして、メディアに管理職の女性が少ないからだとの意見が複数寄せられました。管理職2人の声を紹介します。

 国内のテレビ局で働く50代の女性管理職は「日本のメディアは男性中心。テレビ局の場合、制作や報道など主要部門の上級管理職に女性はほとんどいません」。少し違った意見を言うと、「文句が多い」「わがまま」ととらえられがちで、多様性が生まれにくい、と話します。「社会全体に自分と違う意見を許さない不寛容さが広がる中、発信する側の中で意見を言えない状況は問題です」

 一方、女性の側も変わらなければならないと訴えます。昇進を提示されても「責任を持ちたくない」と断ったりせずに、管理職に女性が増えれば、社員が自身のセクハラや性被害についても社内で話しやすくなるのではないか、と感じています。

 米国の報道機関の日本支社で働く管理職の女性記者(47)は「私の会社は責任者に女性が積極的に登用され、そのことが翻って日々の業務の中でも徹底した平等の実現につながっていると感じます」と意見を寄せました。女性は約20年前に入社。当時から社員の女性比率は高かったといいますが、10年ほど前から米国本社が積極的に女性管理職を登用するようになり、日本支社でも同様の流れに。また、男女比だけでなく人種の割合にも配慮。様々な観点から多様性を確保するよう努めており、ハラスメントに対する社員の意識が男女ともに変わってきたそうです。

 それでも、取材相手からセクハラを受けることがあります。嫌な思いをしたのに受け流してしまったこともあり、「そのつけが若い世代に出てしまっているのでは」と感じることもあるそうです。「不快なことは毎回相手に伝え、『これは言っちゃいけないんだ』という雰囲気を作らなくては」。一方で、性被害の問題を女性記者ばかりが取材することに違和感を覚えるといいます。女性の問題としてではなく、人権の問題として、男性記者も取材に加わることが大切ではないか、と話します。(山本奈朱香)

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アンケート「お葬式」をhttp://t.asahi.com/forum別ウインドウで開きますで実施中です。ご意見はasahi_forum@asahi.comメールするでも募集しています。

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