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「トランプ王国」熱狂のあと ラストベルトに住んでみた:3

 「ラストベルトで暮らしてみたい」と考えるようになったのは、取材者として通っているだけでは本当の日常は見えてこないと限界を感じたからだ。

 そもそも2015年~16年の大統領選期間中は、いわば長い「祭り状態」だった。勝った負けたの予備選が半年近く続き、その後は2大政党の大統領候補が激しく競う。リークや調査報道が相次ぎ、スキャンダル合戦にもなる。つまり、住民同士にも、そして取材者との間にも大統領選という明確な「共通の話題」があった。「インタビューに応じてもらえますか?」と聞けば、たいてい会話を始めることができた。

 さらに私が外国人、日本からの記者ということもあり、地元の人々のサービス精神を刺激した面もあると思う。外国人の記者が街に3日間しかいないとなると、普段は食べていないであろう、少し高めのピザを注文してみんなで分けたり、いつもは夕方に帰宅するのに深夜まで飲み屋で付き合ってくれたりという「特別扱い」もあったように感じる。

 久しぶりに訪問すると、どの街も日常に戻っていた。仕事量を減らしてキャンペーンに没頭していた熱心な支持者も、通常の職場中心の暮らしに戻っていた。明らかに外出が減った人もいた。大統領選という「祭り状態」は終わっていたのだ。

 もちろん日常は平凡だ。その日常を近くで取材したいと考えるようになった。トランプ大統領を支持するに至った、日々の暮らしの不安や不満を少しでも理解するには、なるべく日常に近づく必要があるのではないかという思いが、いつまでも途切れなかった。

 それで地元にアパートを借り、昨年10月から「住み込み型」で取材をすることにした。「今回はいつまで滞在するのか?」と聞かれれば、「ウォーレンのアパートで暮らしてます」と答えた。多くの人がおもしろがり喜んでくれた。

 暮らし始めると、住人が気軽に声を掛けてくれるようになった。そして、私がお手伝いする側に回る機会も出てきた。訪問者の時は一度も体験しなかったことだ。

 「今日の午後はヒマ? ちょっと病院に送ってもらえない?」

 「保育園に預けた孫を迎えに行きたいので連れて行ってくれないか?」

 こんな電話が取材先から入るようになった。車がないとどうにもならない米国、特に地方では、車を持たない隣人のために送迎するなどの助け合いは日常茶飯事。レンタカーとはいえ、車を乗り回していれば、頼りにしてもらえるようだ。

 一時的とはいえ、住民同士の支え合いに組み込まれ、「住人」の頭数に入れてもらった気がして、なかなかうれしい。

 そこから見えてきた日常がある。その一つを紹介したい。プライバシーを守る必要があるため、今回は仮名で書く。

娘の腕に刺さった注射針

 小学生の娘エミー(7、仮名)に診察を受けさせたいという母親に頼まれて、地元の病院に送迎することになった。あまりに普通に電話がかかってきたので、風邪でも引いたのだろうと思っていた。

 まずは母親を自宅に迎えに行き、小学校で早退したエミーを乗せ、午後2時前に病院に到着した。病院の一室。医師はエミーを診察台に座らせた。

 医師は「小学校は楽しい?」「友達は何人いる?」と雑談から始めて、突然本題に入った。表情は笑ったままだ。

 「ママとパパの家どっちが好き?」

 すぐに答えが返ってきた。「ママ」。エミーの両親は半年ほど前に離婚したばかり。普段は母親と暮らしているが、父親にも面会の権限があり、定期的に父親宅に滞在している。

 立ったままノートパソコンを抱えていた医師は、くつろいだ雰囲気を作ろうとしたのか、机の上に腰掛けて両足をぶらぶらさせながら質問を続けた。

 「パパの家で怖い目に遭ったことは?」

 少し考えてからエミーが答えた。「ええとね、パパが髪の毛を引っ張るの。痛かった」

 医師はエミーの言葉をパソコンに入力していく。虐待の疑いが濃い。医師の顔から笑みは消えている。

 傍らで聴いていた母親が口を開いた。「実は1カ月前にエミーが元夫の自宅でソファに座り、そこに落ちていた注射針が腕に刺さったんです」

 医師はパソコン入力を止め、大声を出した。「え? なんだって? もう一度言って下さい」

 母親は続けた。「元夫は『ただ…

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