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ロータリーエンジンの半世紀 栄光編(11)

 ルマンを中心とした耐久レースは、この時期大きく揺れ動いていた。レースを統括する組織のひとつ、国際自動車スポーツ連盟(FISA)は、排気量3・5リットルの自然吸気エンジンに統一する新ルールを打ち出した。性能差の均衡を図る、という名目であった。

 これはライバル勢のターボエンジンはもちろん、ロータリーエンジン(RE)も出走できなくなることを意味した。1990年のルマンはラストチャンス。マツダスピードとマツダの連携が急ピッチで進められる中、みなこの言葉を念頭に置いていた。

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 マツダスピードを率いる大橋孝至(たかよし)は勝ちに行った。F1経験のある当時若手のジョニー・ハーバート(53)ら外国人勢をドライバーに加え、ルマン制覇6度のジャッキー・イクス(73)もアドバイザーとして迎えた。さらに新車787を投入。マツダ側も100馬力アップといかなかったが、700馬力のニューエンジンを完成させた。

 寺田陽次郎(70)はこのころ…

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