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 野中広務氏の往時を知る政界関係者からは、惜しむ声があがった。

 森喜朗・元首相 個人や党を超えて、国家としての政治の安定を何より望んでおられた。小沢一郎さんにひれ伏してでも、「国家のために」と協力を求めた。いまの政界には、野中さんのような人はもういない。人間としても、政治家としても、多くを学ばせてもらった。心から感謝している。ひとつの時代がこれで本当に終わった。お世話になりましたと申し上げたい。

 古賀誠・元自民党幹事長 92年の人生のすべてを国家と国民に尽くされた政治家。政治生活を一緒にできたことを誇りに思う。

 青木幹雄・元自民党参院議員会長 野中先生の奥様が島根の竹下登と同じ地元。ご縁もあり、昔から非常によくおつきあいをさせて頂いた。非常に残念だ。

 小沢一郎・自由党代表 私が政治改革を志して、その道を進み始めたときから、考え方や政治的な立場は異なったが、政治的手腕・力量は他の追随を許さず、同じ政治家としていつも感服していた。また、ご自身の体験・経験に裏打ちされた深い哲学・思想を持ち、常にそれに基づいて果断に行動されてきた信念の政治家。存在そのものに大きく重く説得力があった。

 鈴木宗男・元官房副長官 巨星墜つという感じを持っている。一番は平和主義者だった。戦争経験者として戦争に対する特別な思いを持っていた。町議にはじまり遅咲きで国会議員に、自治相まで務めた。絵に描いたようなたたき上げ、地方議員出身の国会議員のモデルといって良い。

 亀井静香・元自民党政調会長 まさに巨星墜(お)つ。大変な政治家だった。

 二階俊博・自民党幹事長 偉大な先輩を失って、大変残念でさみしい。当選早々にして早くも大先輩の風情で党内を圧倒していた。細かいことから大きなことまで細大漏らさず一生懸命やっていた。もう少し指南役として、ご指導をお願いしたい気持ちは私だけではあるまい。

 石破茂・元自民党幹事長 田中派事務所の職員として、野中さんの最初の選挙の1983年の衆院補選で、(京都府の)舞鶴に1カ月泊まり込んで選挙を手伝った。演説が非常に上手だった。弱者への思いやりとか、今の自民党から失われつつあるようなものを持っていた政治家だった。

 額賀福志郎・自民党額賀派会長 正義感に燃えた素晴らしい政治家だった。日本にとって大きな存在を失った。

 辻元清美・立憲民主党国会対策委員長 野中さんは社会党委員長だった土井たか子さんとも非常に親しく、お二人とも戦争体験者で、戦争だけは絶対あかん、憲法9条は絶対守るという意志が非常にお強い方。平和のともしびが消えてしまった。日本のひとつの良心だった。この時代に、もう少し頑張ってほしかった。

 野田聖子総務相 郵政相就任時も今回もとても喜んでくれた。お祝いに頂いた高級ペンは大臣室の私の傍らにある。尊敬する先生をまた一人失い、悲しい気持ちでいっぱいだが、「その分しっかりとした政治家になるんだぞ」といま一度背中を押されている気がする。