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 「定年まで1年半。支度部屋で優勝力士の髪を結う夢がかなった」。28日まで行われた大相撲初場所で初優勝した平幕栃ノ心の髪を直した春日野部屋の床山、床松(とこまつ)(63)=本名松井博=は胸を熱くしていた。

 角界は力士以外の行司、呼び出し、床山もそれぞれの部屋に所属し、力士と同様に番付がある。床松は頂点の特等床山だ。「番付が上がれば、横綱、大関の髪を結うんでしょう」と言われる。だが、土俵に上がる行司や呼び出しと違い、床山は部屋の力士の髪を結うのが基本。その中で報道陣に囲まれて、優勝力士の大銀杏(おおいちょう)を結うのは床山の一番の晴れ舞台だ。

 思い出すのは46年前。1972年初場所で春日野部屋の初代栃東(先代の玉ノ井親方)が優勝した。16歳で入門して2年半だった床松は、当時の蔵前国技館の2階席で、その瞬間を見た。喜びに沸く支度部屋で兄弟子の床山が栃東の髪を直した。その時にいつかは自分も、と憧れを持った。

 その後、好機は何度かあったが結局、その機会は無かった。「俺らは力士が頑張ってくれないとダメだから」。定年まで難しい、と思っていた。それを栃ノ心がかなえてくれた。

 鶴竜、高安と2差がついた13日目、もう一人の特等床山である床蜂(とこはち)(63)が優しく声をかけてきた。「やっと春が来たね」。彼は宮城野部屋所属で横綱白鵬を担当。40回も優勝力士の髪を直している。

 栃ノ心の髪は外国人特有で細くて柔らかい。大銀杏を作るのに油をたっぷり使う。「栃ノ心はまた優勝の好機があるかも知れない。でも、俺には最初で最後かも。いつもよりゆっくり結ったよ」。晴れやかな思い出を全身に刻み込むような笑顔だった。(竹園隆浩)