[PR]

「トランプ王国」熱狂のあと ラストベルトに住んでみた:5

 ドンドンドンドンドンッ。

 平日の午後10時すぎ、アパートの薄いドアを激しくノックする音がした。

 オハイオ州トランブル郡ウォーレン。私が部屋を借りたアパートは市内でもさみしい地域にあり、昼間でも通りを歩く人はいない。車の通行量も夜になると激減し、とたんに静まりかえる。

 それだけに夜10時すぎの突然のノックには正直、肝を冷やした。「夜間は特に気をつけろ」「薬物中毒者は現金20ドルのために何でもやる」「交差点で信号待ちの間に銃撃された人もいるから、レンタカーも安物にした方がいい」。そんな知人の警告が次々と頭をよぎった。

 とはいえ室内の明かりは外に漏れている。パソコンで視聴していたニュース番組の音も漏れていただろう。居留守を使えそうにはない。

 「誰だ?」。なめられてはマズいので、あえて大声で聞いた。

 「オレだ、トニーだ! 凍えそうだから中に入れてくれ!」

 真っ赤な顔をした、同じアパートで一人暮らしのトニー(50歳代、仮名)だった。毎朝近くの工場で朝5時から働いているので、普段ならとっくに寝ているころのはずだ。

 室内に入るなり、強烈なアルコール臭と体臭が室内に充満した。トニーは、この日も職場の汚れた作業着を着ていた。胸元に会社名と本名が縫い付けてあるが、週末も夜間も同じ格好で過ごしている。

 トニーは、結露で曇ったメガネを気にする風もなく、とつぜん謝り始めた。「すまん、50ドルの返済を待って欲しい。今週ではなくて、来週の金曜の給料日まで待って欲しい。必ず、必ず払うから」

 「トニーを信用しているから心配しないで。ところで、どうしたんだい、こんな遅い時間に」と私が問うと、トニーの表情が緩んだ。

 「ブハッ、いやあ、全部飲んじまったんだ。給料ぜんぶな、ショットで次々とな」

 しゃべればしゃべるほどひどくにおう。いかにもウイスキーなど強い酒のものだ。トニーは、アルコール中毒気味だ。とくに週末はいつも昼間から酔っ払っている。10年以上前から彼を知るという別の住人は「中毒『気味』ではない。完全にアルコール依存症だ」と断言し、私に「付き合うのはほとほどにしろよ」と忠告した。

 アメリカは今、白人の中年の死亡率が高まるという事態に直面している。死因には、自殺や薬物乱用、アルコールに関連するものが目立ち、医療の進歩で寿命が延びる他の先進国では見られない現象だ。

 私は、本稿でどこまで書くべきか迷ったが、このアメリカの地方の疲弊を伝えるため、登場人物を仮名にして、私が見聞きしたものを記したい。

日本の洋菓子に大喜び

 トニーが言う「返済」とは、私が立て替えたお金のことだ。まだ冷え込んでいなかった昨年10月の日曜日、トニーが屋外にピクニックチェアを出してガールフレンドと缶ビールを飲んでいた。アパートで暮らし始めて数日だった私は、自己紹介を兼ねて缶ビールを片手に輪に加わった。

 トニーは私が差し出した日本のたばこ「ピース」を気に入ってくれた。「(タールが)ちょっと弱いが、フレーバー(味)はすばらしい」。ライトだったのでタールは10ミリグラムあるが、強さは物足りないようだ。

 しばらく飲んでいると、日本のことをよく質問してくれた。そこで私はカバンに入れていた日本製の洋菓子のことを思い出し、あげることにした。日本からニューヨークに出張に来ていた同僚が、土産として石屋製菓の「白い恋人」と、ヨックモックの「シガール」を持ってきてくれたので、出張に出発する前に一つずつカバンに突っ込んでおいたのだ。

 トニーは、目をまん丸くして大喜びだった。「こんなにうまいものは初めて食べた」。ガールフレンドと半分にして分け合い、「キャラメルの風味がする」「アメリカのクッキーより断然おいしい」と興奮していた。

 そして「もっと欲しい」と言い…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら

こんなニュースも