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101年目のパナソニック 岐路に立つ:1

 大きな窓のそばのソファで、若者たちが議論する。

 「こんなものがあったら便利じゃない?」

 「こうやったらできると思うんだよね」

 やりとりを聞いていたデザイナーがパソコンをいじり映像化。これをもとに、すぐに模型のような試作品ができあがる。

 ここは米シリコンバレーにある、パナソニックのオフィス。昨年できたばかりの、商品開発拠点だ。

 メンバーは20~30代が中心の約30人。家電、電子部品、住宅設備など、出身母体もさまざまだ。これまでに1千以上の商品やサービスの種が生まれた。最終製品に近い試作品も三つできた。チームを率いる馬場渉(40)は「(製品を)出しながら社会に問いたい」。

 パナソニックは、苦い経験を繰り返してきた。例えば、掃除ロボット。米アイロボット社がルンバを発売した2002年、パナソニックも試作機を発表した。しかし発売は13年後。すでにルンバのシェアは7割で、「類似商品」の一つに数えられただけだった。

 これまでは開発過程で若手が意見を言うと、上司は「根拠はあるのか」「データを持ってこい」とたたみかける。新しいアイデアは取り上げられにくかった。

【特集】101年目のパナソニック
パナソニックは3月7日、創業100年を迎える。日本を代表する家電メーカーは、社会とともに成長し、転換点を迎えている。企業のあり方やくらしなど、幅広い視点で歩みを振り返り、未来を展望する。

 馬場は、終身雇用が根づく社内で、異色の存在だ。昨年4月、ドイツのソフトウェア大手のシリコンバレーオフィスから招かれた。馬場はメンバーに、ここの空気を大きく吸い込み、日本に持ち帰って欲しいと考えている。

 シリコンバレーでは、半導体大手のインテル、iPhone(アイフォーン)のアップル、検索最大手のグーグルなどが次々に生まれている。

 パナソニックは80年代、「世界一」の家電メーカーのひとつだった。今は売上高で韓国サムスン電子の3分の1ほど。シリコンバレー発の新興企業にも、次々に抜かれていった。「この20年で立場は大きく逆転した。でも、世界一の地位は奪還できる」

 オフィスのボードに、「松下電器は人を作る会社です」という言葉が添えられた創業者、松下幸之助の写真が貼ってある。会社を一から立ち上げた「原点」だ。窓の外には、アップルの本社が大きくそびえていた。=敬称略(岩沢志気)