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 9日開幕する平昌五輪は、ドーピング問題のロシアは国として参加しない大会になる。大国のいない「平和の祭典」は、何を意味するのか。五輪を目標にしてきた選手の、心のうちは。

個人参加、良くない前例に 長田渚左さん(ノンフィクション作家)

 ロシアのメンツを重んじて、国際オリンピック委員会(IOC)は政治的な解決策を死守したのだと思います。

 潔白が証明された選手は「ロシアからの五輪選手」として参加できます。ユニホームはそれと連想できる文字が入る。国旗と国歌の使用は認めず、今回は「選手団の旗と歌」が使われるといっても、そもそも五輪憲章には、各国オリンピック委員会の旗・歌が使われると書かれています。必ずしもその国の国旗や国歌とは限りません。巧妙なロジックです。

 IOCは四方八方に配慮した対応しか、取れなかったのでしょう。平昌五輪が「大国の選手がいなかった大会」として思い出されたくない。冷戦時代、旧ソ連のアフガニスタン侵攻で西側諸国がボイコットした1980年のモスクワ五輪、その報復で東側諸国が参加しなかった84年のロサンゼルス五輪のような記憶は避けたいという思惑です。

 一方、メダリストのパフォーマンスに世界中が拍手をしたのに、「実はドーピングだった」ということが繰り返されると、五輪・パラリンピック自体が衰退していくという危惧も、あると思います。

 2016年のリオデジャネイロ五輪では、ロシアのドーピング疑惑が発覚したのにIOCが全面除外せず、各競技の国際連盟に判断を委ねました。それに比べれば、今回の対応の方が好感は持てます。

 とはいえ、個人参加の道を残したことは、また国家ぐるみのドーピング違反が発覚したときに厳しい処分を逃れられる余地をつくり、良くない前例となってしまいました。

 88年のソウル五輪では、ベン・ジョンソンがドーピング違反で金メダルを剝奪(はくだつ)され、日本人はびっくりしましたが、現地に取材に行くと、他国の選手たちは「スケープゴートだ」と驚いていなかった。身近にドーピング違反があるのは常識だったのです。

 五輪・パラリンピックに名を残すことは本当に栄誉なこと。悪魔は選手たちにささやき続けるでしょう。そして、国家ぐるみのドーピングとなると、不幸なことですが、選手は潔癖を守るのがさらに難しくなります。

 今回、アルコールと調合した禁止物質を口に含んでからはき出すという、違反を見つけにくい新しい手口を使っていましたが、20年の東京五輪では、さらに巧妙になっていく可能性があります。人件費と手間を惜しまない対策が求められるのではないでしょうか。影響は小さくないです。

 また、今年1月には、カヌーの日本代表候補選手がライバルの飲み物に禁止薬物を入れたことが明らかになりました。ドーピングの問題をみなが考える機会にもなった、と裏読みはできるかもしれません。(聞き手・編集委員 中小路徹

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 1956年生まれ。著書に「桜色の魂 チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか」などがある。

■ドーピング、最大級の汚職 リ…

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