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教えて!憲法 基本のき:3

 人は生まれながらにして天からあたえられた権利、自由を持っている。この考え方を天賦人権説という。しかし、国家権力はときに暴走し、こうした権利を踏みにじったり、うばったりすることがある。だから、憲法でルールを定め、権力をしばる――。これが立憲主義だ。憲法に欠くことのできない要素とされる。

 日本国憲法では、個人の権利保障というかたちで、国家が守るべきものをしるしている。

 たとえば、思想の自由や表現の自由だ。「基本的人権」「侵すことのできない永久の権利」と表現される。仮に選挙でえらばれた多数派が国会できめたとしても、国家は個人からこれらの権利をうばうことはできない。

 立憲主義という考え方は、西欧で17~18世紀に市民革命が絶対王制を打ち破るなかで生まれた。国王が「朕(ちん)は国家なり」と称し、ほしいままに人民を支配することができる絶対主義の考え方を否定し、国家権力と市民の関係を新たに位置づけるものとして宣言文書にも明記された。

 フランス人権宣言はその一つだ。「権利の保障が確保されず、権力の分立がさだめられていないすべての社会は、憲法をもたない」。立憲主義のもう一つの特徴の権力分立もしるされた。

 日本国憲法も、国家権力を法律を作る立法(国会)、法律を執行する行政(内閣)、法律を適用して紛争を解決する司法(裁判所)の三つにわけ、たがいにチェックし合うしくみにしている。

 憲法で国家権力をしばるという考え方は、天皇主権の大日本帝国憲法(明治憲法)のもとでも受け入れられた。欧州で各国の憲法や立憲主義を学んで旧憲法をつくった伊藤博文は、「第一君権(君主の権力)ヲ制限シ、第二臣民ノ権利ヲ保護スルニアリ」と語っている。

 こうした西洋由来の立憲主義に疑問を投げかけたのが、「天賦人権説にもとづいた規定はあらためる必要がある」と主張する自民党の憲法改正草案だ。

 西洋での経験を踏まえて基本的人権の獲得を歴史的な成果とした憲法97条を、「重複がある」と全面的に削除し、日本国憲法が政治家や公務員ら権力を行使する側に課した憲法尊重の義務を国民の側にも課した。

 これらは憲法学者らから「本来、権力をしばるはずの立憲主義を理解していない」と批判された。

 立憲主義をめぐる考え方は、国会での憲法論議でも焦点になっている。

 先月22日の施政方針演説で安倍晋三首相は憲法について、「国のかたち、理想の姿を語るもの」と主張した。これに対して、立憲民主党の枝野幸男代表が「憲法は公権力のあり方についてきめたルール。定義がまちがっている」と批判。首相は今月6日の衆院予算委員会で、「いわば権力の手をしばるものだ。同時に国のかたち、理想を語るものでもある」と言いかえた。(石松恒)

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 〈市民革命〉 経済力を持つが参政権を持たない市民階級が主体となり、封建国家や絶対主義国家を打ち倒した革命。代表的なものはイギリス名誉革命、アメリカ独立革命、フランス革命など。

 市民革命の背景には、哲学者による人権思想の発展があった。17世紀のイギリスのロックは、人は生まれながらにして生存権や自由権などの権利を持ち、それを確保するために契約を結んで国家をつくったと説いた。国家が権利を侵害する場合には、人々は抵抗して政府を変えることができる抵抗権を主張した。

 18世紀のフランスでは、モンテスキューが立法、行政、司法の三権分立論を主張し、互いに牽制し合うことで権力の腐敗と乱用をふせぐことができると説いた。ルソーは主権者は人民であり、政府はその行政権を契約によってゆだねられたにすぎないとする「人民主権(国民主権)」の考え方を唱えた。

 アメリカ独立宣言やフランス人権宣言にはこうした思想が取り入れられたり、影響を与えたりした。

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 〈自民党憲法改正草案〉 自民党が野党だった2012年4月、谷垣禎一前総裁のもとでつくられた。保守色が強いのが特徴で、現行憲法のすべての条項を見なおし、前文は全面的に書きかえた。

 天皇を元首とし、憲法9条には国防軍を保持することを規定。武力攻撃や大規模自然災害などでの緊急事態条項を新たにもうけ、憲法改正発議の要件を衆参それぞれの3分の2から過半数にゆるめた。「家族は互いに助け合わなければならない」と家族の尊重を義務づけた。

 個人の尊厳や幸福追求権は、「公益および公の秩序に反しない限り尊重される」とした点をめぐっては、「公益が何かを決める政府の恣意(しい)的な判断で人権を制限することが可能」との指摘が相次いだ。

 野党は草案を「復古的」と批判し、撤回を要求。自民党は16年、草案の取り扱いを「公式文書の一つ」と位置づけ、衆参の憲法審査会にそのまま出さないと説明する一方で、撤回はしないときめた。