「最後の映画看板師」と呼ばれた久保板観(くぼ・ばんかん、本名昇)さんが4日、脳梗塞(こうそく)のため死去した。77歳だった。葬儀は近親者で行う。喪主は長男伸一(しんいち)さん。

 東京都青梅市出身で、中学卒業後、地元の映画館で上映される作品を紹介する看板を描いた。1973年の閉館までの16年に手がけた作品は3千~4千枚。その後は商業看板を扱ったが、94年に地元商店街活性化のために再び映画看板を描き始め、多数の作品が現在もJR青梅駅や近くの旧青梅街道沿いの商店の軒などに掲げられている。2005年には東京・銀座の映画館の映画看板もてがけた。

 「板観」の呼び名は、「看板」の2文字を入れ替えて日本画家「横山大観」から1文字を借りた。描いた映画看板の醸し出す「昭和レトロ」な雰囲気の青梅の街には、昭和時代を懐かしむ中高年だけでなく若者も訪れた。一時体調を崩したが、最後まで新たな作品作りに意欲を燃やしていた。(山浦正敬)