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 仙台市の自動車販売会社で働く丹野智文さん(44)は39歳のときに若年性アルツハイマー型認知症と診断された。同僚の名前さえ忘れてしまい一時は解雇も覚悟したが、今も同じ会社で働きながら、「認知症を抱えている人を元気づけたい」と笑顔で発信を続けている。絶望までした体験を笑顔で語る理由は何なのか。本人に聞いた。

 認知症になると、周囲の人たちだけで何とかしようとして、社会から隔絶させがちです。そして、介護の限界が来ると施設に入れざるを得なくなる。それが、認知症は重度の人ばかりというイメージにつながる要因のような気がします。

 特に若年性認知症の場合、仕事を奪われたり、行動を制限されたりして、ショックを受ける度合いが大きい。私にも当初、誤解がありました。よせばいいのにインターネットで「若年性認知症 寿命」と検索すると、「2年後に寝たきり、10年後に死亡」と出てくる。絶望しました。

 でも家族を養わなければいけない。当時は自動車のセールスをやっていたのですが、「洗車係でも何でもいいから」と妻と一緒に会社に相談に行きました。すると社長から「長く働ける環境をつくるから戻ってきなさい。仕事は何でもある」と言葉をかけられました。目が潤みましたよ。社員が病気になっても「戻れるなら戻す」が社長の考えだと後で知りました。

 「人より物覚えが悪いな」と私が感じ始めたのは2009年末ごろからでした。お客さんのマンションにカレンダーを届けに行ったときに、部屋番号を忘れてしまって、車に戻って確認するということが何度かあったのです。お客さんと話した内容や、上司から言われたことを忘れることもありました。

絶望を超えて
いかにして絶望から気持ちを切り替えることができたのか。後半で紹介します。また、丹野さんは3月2日、都内で開催する「Reライフフェスティバル」で、「認知症とともに生きる」をテーマに講演します。参加費は無料。申し込みはこちらのURL(http://www.asahi.com/relife/fes2018/)から

 そのうち、大事なお客さんの名…

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