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患者を生きる・HIV陽性(記者の一言)

 まだ駆け出しの記者だった1990年代初め、初任地の福島支局で、福島県立医科大でエイズ治療薬の研究をしていた馬場昌範さんに最新の話題を取材させてもらいました。当時、すでに米国立保健研究所(NIH)の満屋裕明さんが画期的と注目された「AZT」などの治療薬を見つけていました。それらの薬は、エイズを発病する時期や症状の進行を遅らせることはできましたが、患者の体内で次第に薬が効かないウイルスが増えてしまい、効果が長続きしないことが課題になっていました。

 95年に東京本社の科学部(当時)に異動になり、鹿児島大学に移られていた馬場さんにあいさつの電話をかけました。「最近のエイズ治療はどうなっていますか」とたずねると「今出ているプロテアーゼ阻害剤という薬はすごく効いている」と言うのです。

 その後、大阪本社の科学部に異動になり、新たな上司から「何か記事に書きたいテーマはないか」と問われ、「エイズ治療薬の進歩がすごいそうです」と答えました。「それをやりなさい」と指示され、本格的に取材を始めました。

 このとき、国立大阪病院(現・国立病院機構大阪医療センター)の白阪琢磨さん、広島大学の高田昇さん(現在は中電病院)、荻窪病院の花房秀次さん(故人)ら多くの医師や研究者と知り合いました。製薬企業の技術者なども含めれば総勢20人以上に会って話を聞いたと思います。いずれも、今回の治療法は著しい効果を上げていてこれまでとは全く違う手応えがあると、口をそろえていました。

 その治療法は当時、「カクテル療法」と呼ばれました。米国のデビッド・ホーという博士が始めた、AZTなどの既存の薬に新しい種類の薬を組み合わせ、3剤を併用する方法です。治療で血液中のエイズウイルス(HIV)の量が劇的に減ります。すると、HIVによって破壊された免疫の機能がエイズを発病しないレベルまで回復するというのです。

 この取材を元に、1996年11月30日(国際エイズデー12月1日の前日です)、大阪本社発行の夕刊1面で「エイズ治療に希望の灯 新療法が劇的効果 3剤併用で回復 日本でも拡大治験」という記事を書きました。続いて12月上旬から、今度は全国共通の夕刊科学面に「エイズ治療薬新時代」という連載記事を3回書きました。ところが、これらの一連の記事に、東京の科学部の先輩記者たちから「内容が不適切ではないか」という指摘や注文が次々と来たのです。

 

 例えば、「体内のウイルスの量と病気の症状は必ずしも対応しないので、ウイルス量が減ったからといって、病気がよくなるとは言えない」といった意見です。

 特に「治療が劇的な効果を上げている」という表現に強い拒否反応を起こしていました。「アメリカではエイズ患者がなすすべもなく次々と死んでいるのに、あんな記事を書いてはいけない。効果があったように見える患者だけを集めている研究報告かもしれない」との指摘も受けました。海外での取材経験が長い先輩たちはこれまで注目されたエイズ新薬が期待はずれに終わったのを何度も見てきたそうです。

 さて、その96年の年末、米科学誌サイエンスが年間の10大科学ニュースを発表し、「HIVに対する新たな武器」を1位にしました。

 さらに米タイム誌がその年にもっとも活躍した人を新年号の表紙にする「マン・オブ・ザ・イヤー」にカクテル療法のデビッド・ホー博士を選びました。研究者が選ばれることはめったにないことです。

 すると、情勢がガラッと変わり、新しいエイズ治療法の効果を紹介する記事が取り上げられるようになりました。私からするとやや持ち上げすぎに感じるほどでした。

 この経験で、私は、入社まもないころに先輩記者たちから聞いた二つの教訓を改めて思い出しました。

 一つは、新聞社というところで取材の一番の要となるのは、最前線の現場で人に会い、話を聞いている記者だと。先輩たちの過去の経験は貴重で拝聴に値するが、やはり現場で日々事件や物事に携わっている人たちの知識や実感を謙虚に受け止めなければなりません。特に、科学と医療は進歩が速く、過去の経験が当てはまらなくなる期間が短いです。

 そして、もう一つは、事件や物事が終わってから、過去を振り返るように書くのは簡単だが、刻々と状況が動いている中で先を見通しながら記事を書くのはすごく難しいということです。事実を正確に報じるため取材を尽くすのは当然ですが、新しい動きを、評価が定まって広く一般に知られるようになってからしか報じないのであれば、報道機関の存在する意味が薄れてしまうのではないでしょうか。

 これらのことを改めて肝に銘じてくれたHIVに関する取材は、私の記者人生にとって特別なものです。

 イタリアの政治家トリアッチの言葉に、「我々は遠くから来た そして、遠くへ行くのだ」というのがあります。HIV感染症の治療は、80年代の長くつらい時代を経て、96年に劇的な転換があり、初めて希望の灯がともってからも、薬が効かない耐性ウイルスや副作用など多くの問題と向き合いながら、進んできました。

 

 今回の連載で紹介した感染者の男性は、毎日1錠薬をのむだけで、血液検査でHIVが検出されない状態が続いています。免疫の機能が下がることで起きるエイズを発病することもなく、他者にうつす危険もほとんどなく普通に生活しています。私が昔会った薬害の被害者の人たちは重い副作用や耐性ウイルスのことを気にして情報収集に努めていましたが、最近の感染者はそういう心配をすることはまずありません。それほどHIV感染が普通の慢性病に近くなったということでしょう。

 長年、取材に関わってきた一人として、感染者が元気なお子さんを持つまでになったことには深い感慨を覚えます。ただ、男性も口にしたように「誰にも打ち明けられない」「相談できない」という率直な気持ちは、以前取材した感染者と変わっていません。残念ながら、感染者に対する差別と偏見の問題だけはあまりよくなっていないのではないでしょうか。

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<アピタル:患者を生きる・妊娠・出産>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/(鍛治信太郎)