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 「在宅希望の70歳のがんの男性、頼めますか?」。総合病院からの電話。「はい、どうぞ」。郊外の山沿いの集落、車で15分。往診すると、「やっぱり家はええです」と患者さん。作業現場で吸ったアスベストが原因で悪性中皮腫に。抗がん剤効なく断念。トイレに立つと急に額に冷や汗。呼吸数、1分間、36回。診察を終え外に出ると雪が降り始めた。

 あくる日も次の日も雪。食べれなくなり、患者さん持続の点滴に。トイレに立てなくなり寝たきりに、オムツに。退院して6日目の午後、呼吸苦強く往診依頼。サラサラ雪、市内より多く、集落の入り口の橋までしか車近づけず。往診鞄(かばん)持ち、長靴でサクッサクッと雪道400メートル歩いた。

 「先生来てごされたで」と奥さん。職場を早退した息子夫婦も家に。応答はあったが下顎(かがく)呼吸が始まっていた。残された時間少なし。そこに大雪で休校になった小4の孫息子が帰ってきた。「間に合った。おじいちゃんの手握って何か言ってあげて」とお母さん。「おじいちゃん、ぼくサッカーがんばるけ」「それだけ?」と母親。「勉強もがんばるけ」と小4、追加。皆が拍手。下顎呼吸は終わらず続き、一旦(いったん)辞した。

 携帯が鳴ったのはその日の夜の10時半過ぎ。降りしきる雪の中を村の家へ。雪はさらに積もり50センチ。橋のたもとで車を降り、ズボリズボリと真っ暗な道を歩いた。映画「八甲田山」が浮かんだ。家族の顔は穏やかだった。呼吸は止まっていた。一礼。「お別れの水、何に?」と聞くと、「村の山の水を用意してます」と息子夫婦。お別れをした。

 皆で温かいタオルで体を拭き、洗濯したパジャマに着替えてもらった。家を出ると粉雪まじりの木枯らしが吹き荒れていた。半分凍った闇の雪道をザクッザクッと橋を目指して歩っていった。

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。