[PR]

 警視庁の柚木刑事が、東京で起きた強盗殺人事件の犯人を追い、犯人の昔の恋人が嫁いだ九州S市へ向かう。銀行員の後妻となった女に男は会いに来るのか。旅館に張り込んで待つ。短編の代表作。

     ◇

詩人・二沓ようこさん(58)

 詩人・清張を感じさせる作品です。

 物語は、同僚から「文学青年」と笑われる警視庁の柚木刑事が強盗殺人犯を追い、九州へ列車で向かう場面から始まります。同僚が途中下車すると、柚木が外国の翻訳詩集の文庫本を取り出して読むシーンがありますよね。

 日本の文学作品には権力の象徴のような刑事たちを強面(こわもて)に描くことはあっても、詩を愛する「詩人刑事」のように描く作品はあまりない。清張は実は詩の造詣(ぞうけい)も深くて、詩人ならではの感性や見方を、柚木という刑事を通して表現したんじゃないかな。

 柚木が犯人の交際相手だった女の嫁ぎ先を張り込む場面。わくわくしますが、平凡な女の日常には割烹着(かっぽうぎ)と縁側から聞こえる編み物器の音くらいしかない。それがある日、女が割烹着の下にオレンジ色のセーターを着て外出するのに気づき、誰かに会うのではないかと追跡が始まります。

 割烹着と編み物器。当時の主婦の記号のような小道具を使って退屈な女の日常を表す一方、明日の身もしれぬ逃亡犯とのわずかな逢瀬(おうせ)に身を焦がす生身の女をオレンジ色に象徴させる。割烹着の白との色のコントラストといい、込めた意味あいといい、詩的です。

 真っ赤なハゼの紅葉、カササギが鳴く風景の中で抱き合う男女。それを柚木は声もかけず見守るんですよ。こんな刑事います?詩人刑事らしい情けですね。ハゼとカササギは清張が強い関心を寄せた詩人北原白秋の作品によく使われる題材で影響が出ています。

 文庫本で30ページたらず。短いだけに、行間に想像力をかきたてられる点も詩と似ていますね。

 例えば、柚木が張り込み中に聞いた編み物器の音は、女が犯人を思いながらセーターを編む音か、とか。柚木が読んだ詩集って仏のボードレールの「悪の華」では、とか。「張込み」が世に出た1955年の2年前、堀口大学の手による官能的で背徳の香りのする翻訳本が出たばかり。柚木はその作品の世界が目の前で繰り広げられる錯覚に陥ったのでは、とか。

 私の想像は広がります。(聞き手・村上英樹)

     ◇

 旧甘木市(現朝倉市)出身。詩人。新聞や雑誌でミステリー批評やエッセー、コラム連載多数。女性史研究もテーマに幅広く活動。