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 平昌パラリンピックで、パラアイスホッケー日本代表を応援しようと「チームメート」の小学生が大阪から現地にやってきた。代表メンバーのうち7人が所属する長野県のチームで、練習に励んできた12歳。一度はけがで離れたリンクに再び戻るきっかけをくれた先輩たちに、声援を送った。

 現地で観戦したのは、大阪府東大阪市の小学6年、伊藤樹(いつき)君(12)。韓国戦と米国戦を観客席で応援した。

 大歓声で始まった10日の日韓戦、「テーハミング(大韓民国)」のかけ声が聞こえると、樹君も「ニッポン」と声を張り上げた。日本の好プレーに「ナイスパス!」「ナイスチェック!」と声援を送り続けた。結果は1―4で敗れたが、樹君は「おもしろかった。海外チームのレベルもすごい」と目を輝かせた。

 樹君は5歳のときに、アイスホッケーを始めた。「風を感じるのが楽しい」と夢中になり、大阪のジュニアアイスホッケークラブに入った。低学年チームの副キャプテンも務めた。

 だが8歳のある日、練習に向かっているときに交通事故に巻き込まれ、脊髄(せきずい)を損傷。下半身が動かなくなった。

 「リンクに行くのはもう無理」。あきらめていたころ、パラアイスホッケーを知った。

 パラアイスホッケーは、2枚のスケートの刃がついたそりにのる必要がある。それを届けてくれたのが、日本代表のメンバーが所属する長野のパラアイスホッケーチーム「長野サンダーバーズ」だった。

 パラアイスホッケーは競技人口が少なく、関西にはチームがない。サンダーバーズのメンバーは大阪までやってきて、樹君の練習相手になってくれた。

 樹君は今、サンダーバーズの一員として練習に励んでいる。大阪から長野まで行く必要があるため、練習に参加できる機会は限られる。それでも、昨年は試合デビューを果たし、試合後の写真には12人の仲間と笑顔で納まった。「体格は違うけど、好奇心で相手にぶつかった」と手応えを語る。

 日本チームの活躍で競技人口が増え、関西にもチームができたらと願う。そして「いつかは僕もパラリンピックの舞台に立ってみたい」。(西村奈緒美)