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 子宮頸(けい)がんの原因となるウイルスの感染を防ぐ「ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン」の有効性と安全性をめぐる評価や、接種の積極的勧奨を再開すべきかどうかは、専門家の間でも様々な意見があります。4人の専門家に聞きました。

森臨太郎・国立成育医療研究センター研究所政策科学研究部長

 どんな薬、ワクチンにも効果がある一方で、副作用や副反応もあります。有効性と安全性をめぐって意見が対立するとき、どのように合意形成し、政策を決定していけばいいのでしょうか。世界の臨床試験の結果を再検証し、科学的根拠に基づく医療の普及につなげる「コクラン」の日本代表を務める、森臨太郎・国立成育医療研究センター研究所政策科学研究部長に聞きました。

意思決定されない状況、大きな問題

 ある薬品について、行政レベルで大きな問題があったとき、「まず止めましょう」というのは正しい判断だったと思います。ただし、その際、止めてどうするのか。止めたまま放っておくのではなく、では、どうやって意思決定をするのか。そのあたりの整理がちょっと弱かった、と感じています。

 このワクチンをどう考えたらいいのか。市民の皆さんが判断できるように助言する必要がありますが、それについて、適切な意思決定がくだされない状況が、こんなに長く続いていることは、とても大きな問題だと考えます。科学的根拠に基づく有効性と、安全に対する不確実性。ワクチンにはその両方が存在し、意見も対立している。この場合、多少は玉虫色になるかもしれないけれど、両方の立場からバランスのいいところで政策を決めなければならない。でも、現時点での政府の意思決定はそこから少し逃げているように感じます。「定期接種のままだが、勧奨していない」というのは矛盾しているし、一般市民に方向性を示していないという意味では少し不親切です。

任意で、接種を勧奨する選択肢

 ワクチンの有効性はあるだろう、と思っています。HPV感染を防ぎ、前がん病変(がんになる前の状態)を減らすのだから、その先のがんも減らすだろう。それが科学的根拠に対する素直なとらえ方だろうと思います。

 一方、副反応についての評価は、正直わからないと思っています。指摘されている副反応は、起きる可能性がそんなに高いものではないと思いますが、人間の体は分からない部分があるので、科学的にはありうると思っています。

 ただし、国全体として集団として考えたときには、がんを減らすメリットのほうが大きいだろうと考えます。そのうえで、社会全体の価値に基づく考え方と、個人の意思決定が異なることはありえるし、あっていいと思います。

 個人的には、定期接種を外して任意接種にし、国として勧奨はしたらいいと思います。「個人の意思決定に基づいて予防するもの」と位置づけたうえで、「科学的根拠に基づけば接種のメリットが上回る」とのメッセージを発する、という考え方です。

 感染症疫学というのは「集団を守るもの」です。たとえばある人口のなかの80%の人が抵抗力を持つようになれば、集団としてその感染症を防げるケースがあったとします。はしかなどはそうしたワクチンで、定期でやるべきものだと思います。

 一方、HPVについては、ワクチンの接種率が上がることで集団として感染の広がりを抑える効果も指摘されていますが、当面はそこまでの接種率をめざすのは難しいと思います。現時点では、HPVワクチンは有効性と安全性に様々な情報があるなかで、個人と医師の話し合いのなかで接種するかしないかを決めていくべきものではないか、と思います。こうしたワクチンは任意、というのが、ワクチンを接種してきた小児科医の1人としての私のイメージです。

 集団の意思決定か、個人の意思決定か。もし、HPVワクチンを「個人の意思決定」とするならば、公衆衛生というより、医療に位置づけるという選択肢もありえると思います。そうなると、税金の枠組みではなく、医療保険の枠組みでいく、という選択肢も、予防と治療が融合し、境界線があいまいな現在の医療では、ありえると思います。

勧奨再開の場合は、登録・追跡調査の仕組みを

 有効性は高いとみられる。一方で、安全性によくわからない部分もある。このワクチンにはこの両面の性格があります。

 今後、積極的な勧奨を再開する場合は、セーフティーネットをかけつつ、進めていく必要があると思います。ひとつには、かなり厳密に、接種された人を登録し、経過を追っていくような追跡調査の仕組みをつくる。

 二つ目は、過失の有無にかかわらず被害者に補償する「無過失補償」の仕組みです。現状をみると、副反応と指摘されている症状が、ワクチンによる過失であるかどうかの証明はほとんど不可能に近いと思います。安全性に関しても、ある程度担保されたうえで進めていく必要があると思います。

不透明だった導入時の議論

 HPVワクチンは2010年、政府が150億円の予算を確保し、導入を決めました。ただ、その意思決定の過程では、科学的な検証が十分にされたとは言いがたいところがありました。製薬企業のロビー活動をバックに政治主導で導入され、あまりに前のめりでした。

 科学的根拠は未熟な部分があるけれど、その効果は非常に有望なワクチンや薬があったとき、どのように意思決定するのか。「非常に優れている可能性があるから」と前のめりになってしまったのが、今回の反省点でもあると思います。

 そういう意味では、今後、新しいワクチンが登場したとき、あまりに保守的になってもいけないが、どういう政策オプションをつけて政策にできるのか、という知見にはなると思います。

 有効性は非常に高いけど、安全面で不確実性もあるならば、モニターをし、研究も同時に走らせながら導入する。無過失補償もつける。こうした政策オプションがあれば、市民の側も、そのワクチンの有効性と安全性を評価する材料、接種するかどうかの判断材料にもなると思います。

国会に調査委員会を設け、政策決定

 どんなに科学的知見を突きつめても、必ず不確実性が存在します。研究者や医療者は「いま、こういう現状の科学的根拠ですよ。それにはこれだけの不確実性が存在するし、一方で、この程度の確実性をもってこれぐらいのことが言えますよ」というのは情報として提供できるはずです。ただ、それだけで政策を決めるのは難しい。広く社会の状況をみたうえで、適切に判断される必要があります。国民一般の不安などが拾い上げられなければ、その意思決定は受け入れられないからです。

 こうした意見が大きく対立する案件については、厚労省の部会や委員会ではなく、たとえば国会に特別の調査委員会、第三者委員会をつくって、話し合う選択肢があっていいと思います。

 現在は厚労省の部会で議論されているわけですが、国民から見れば、自分たちの意思がそこに反映されるとは感じないのが現状だと思います。一般の人が部会を聴きに行くかといったら、行かないと思う。もっと国民の目から見える場所で議論してもいいのではないでしょうか。各地でタウンミーティングをしてもいいと思います。

 国会の権限で有効性や安全性を調査したり、海外の状況について情報収集したりし、「こういう経緯で決まったんだな」とわかるような、透明性の高いところでやることに意味があると考えます。

 また、こうした政策決定の枠組みは、もう少しグローバルに、各国政府が連携してもいいと思います。たとえば、有効性と安全性の調査は、グローバルレベルでしてもいい。そうすれば、数も集まります。製薬企業に必要な情報を求める際も、相手は外国に本拠地を置くグローバルな製薬企業なわけですから、日本だけでなく各国で連携したほうがいい。

 意思決定するときも、もう少し情報共有する。もちろん、最終的には、各国それぞれに意思決定すればいいと思うのですが、少なくともその手前の(追跡調査や無過失補償などの)政策オプションとか、「この国ではこうしている、あの国ではこうだ」という情報は持ち寄ってもいい。グローバルな連携が、もう少し効果的なものとしてとらえられていいのかなと考えています。

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〈もり・りんたろう〉 1970年生まれ。岡山大卒業。日英両国の小児科専門医資格を持つ。大阪府立母子保健総合医療センター、世界保健機関(WHO)、東京大などを経て、2012年から国立成育医療研究センターで現職。14年、コクランジャパンを立ち上げた。著書に「持続可能な医療を創る」(岩波書店)など

 

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