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渡る世間と安楽死:4

 「安楽死、まだあきらめていません」と話す脚本家・橋田寿賀子さん(92)のインタビュー4回目のテーマは「西部邁さんの自死」について、そして「家族のみとり、医師のみとり」についてです。ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の医師に託した思いとは。オランダの安楽死事情に詳しい太田啓之記者(53)が聞きます。

 記者 老年心理学の専門家によると、バリバリ仕事をされたり活躍されていた人ほど、老いることが苦痛になり、耐えがたいそうです。

 橋田 いい時代があると、歳を取った時に落差が出てくる。西部邁さんが自殺されたのも、やっぱりそうなんでしょうね。

 記者 西部さんの死については、どう考えますか。

 橋田 自分でちゃんと老いを清算されたんだと思いますね。これから生きていても、今まで生きてきた以上の自分にはなれないし、もしかしたらマイナスになるかもしれない。その時点でやっぱり、ご自分で清算されたんだと思います。

 私もそういう気持ちがありますもの。今死んだら汚点はない。これからぐしゃぐしゃになっても生きていたら、「橋田寿賀子はよいよいになって死んじゃった」と言われかねない。それはイヤだな、と思いますね。

 記者 だけど、現役時代とのギャップに苦しむ時期を乗り越えて80歳代、90歳代になると、老いを受容できる「老年的超越」と呼ばれる段階に至るそうです。

 橋田 私は老いはもう受け入れていますし、いつ死んでもいいと思っています。生きている間は遊びたいと思っていますが、お酒も飲まないし……。つまらないから、船に乗るぐらいしかない。

 記者 オランダで取材した時に感じたのですが、オランダの人びとは、「一人ひとりが自立している」と言われる一方で、1人で死ぬのはすごく嫌がっていました。

 橋田 なるほどね。誰かにみとってもらって、家族の中で死にたいんですね。

 記者 オランダの人たちに言わせると、自殺と安楽死はまったく違うそうです。自殺は誰にも言わずに孤独に、突然死んでしまって、周囲がすごく衝撃を受けるけれど、安楽死は事前に家族や親しい人びとに告げて、みんなにさよならを言えて、見送られる。それがいいところだと。

 橋田 家族だって「幸せに苦しまないで死んでほしい」と思いますもん。

 無理な延命治療を避けて、在宅でのみとりを推進しているお医者さんともお会いしました。病院を退院させると、患者さんは元気になって食べるようになるんですって。それで患者自身も家族も笑顔になって、めでたくご臨終を迎える。在宅で亡くなることが、どんなに大事か、ということを強調されていました。

 ちゃんとみとってくださる在宅医さんがいれば、安楽死はなくてもいいかな、とも思っています。あんまり安楽死、安楽死と言うと怒られてしまいますから(笑)。

 記者 だけど、認知症の問題は残りますね。ご自身が認知症になったら、どう考えますか。

 橋田 もちろん、認知症になったら安楽死させてほしい。認知症にならないように一生懸命がんばっていますけど、ならないとは限りませんよね。それで人に迷惑をかけるようには、絶対になりたくない。

 ただし、これは私個人の望みであって、ひとさまについては別です。生きていたい人は生きる。本人の意思は絶対に尊重しなくてはいけません。

 記者 オランダでも少しずつ、認知症患者で安楽死する人が出始めています。だけど、やはり本人の意思確認が問題になっていて、認知症で安楽死が認められるのは、病状がまだ初期の患者さんに限られています。身体的な苦痛についても、「寝たきりになる」というだけでは、安楽死を認めるのに十分ではない、という意見もある。実際に安楽死を望んでも、それが認められる人は3分の1程度です。「安楽死するのも簡単じゃないな」というのが取材しての実感です。

 一方で、末期のがん患者など苦痛の激しい人に対しては、薬を投入して深い眠りに導き、自然に亡くなるのを待つ「鎮静」と呼ばれる行為も行われています。こちらは安楽死ではなく、通常の治療として認められており、件数も安楽死以上に増えています。

 橋田 ああ、なるほどね。日本でも、きちんとした在宅医の方がそういう医療をしてくださると、楽に死ねると思いますね。

 もしも認知症になっても、相手の顔も分からなくなったら、食べないで、そういう風に眠らせていただきたいですね。それなら安楽死にならないんじゃないですか?

 記者 オランダでも、まだそこまでは認められないかもしれません。だけど、ほとんどのオランダ人には、数十年間の付き合いがある信頼できる家庭医がいて、終末期医療でも安楽死でも、その医師の判断が大きな役割を果たしています。

 橋田 そうでしょうね、日本では、ふだんから深く付き合えるお医者さんはあまりいないですもんね。今の多くのお医者さんは、患者自身を診ずに、パソコンばっかり見て診断するんですよ。患者の体だけじゃなくて、心も診てくれる本当の在宅医と知り合って、うまく送ってもらいたいと思っているんですけど。

 私は、だいぶ前からそれをドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の中で、植草克秀さんが演じている医師、本間英作に託して書いているんです。英作は大学病院の脳外科医だったんですが、現在は訪問診療の専門医に転じている。小林綾子さんが演じる英作の妹の医師・由紀も、自分たちの母親を老人ホームに入れ、見送ってやらずに死なせてしまった寂しさと申し訳なさから、兄の仕事を手伝う決意をする。

 今年のスペシャルドラマとして放映される『渡る世間は鬼ばかり』の脚本を書く時には、「看取りの医師」としての英作や由紀の仕事ぶりをしっかりと書き込みたいと思っています。