2011年の新潟・福島豪雨による浸水被害で、只見川ダム災害訴訟の原告団長を務めてきた元金山町長の斎藤勇一(さいとうゆういち)さんが2月27日、胸部大動脈瘤(りゅう)破裂のため亡くなった。78歳だった。金山町民ら34人が東北電力と電源開発の2社を相手取って約3億3700万円の損害賠償を請求した裁判は昨年12月に結審し、3月26日に福島地裁会津若松支部で、判決が言い渡される予定だった。

 斎藤さんは27日、その3日前に設立されたばかりの「只見線利活用を考える沿線住民会議」の会長として、只見町役場を訪問。町幹部と面談中に倒れ、町内の診療所に搬送されたが、そのまま息を引き取った。

 斎藤さんは1998年から2期8年間、町長を務めた。新潟・福島豪雨で、町内では全壊23棟など100棟余りの住宅に被害が発生し、自宅が床上1メートル以上の浸水となった斎藤さんは町民と「被災者の会」を結成。只見川の発電用ダムにたまった土砂が水位を上昇させ、被害を拡大させたとして、2014年7月にダムを管理する電力2社を提訴した。

 同年9月の第1回口頭弁論で、斎藤さんは意見陳述を行い、被害状況に関して「これが我が家かと目を覆いたくなる惨状でした」と訴えた。その後も「川底の浚渫(しゅんせつ)を怠ってきた東北電力が、水位が当然に上昇することを知っていながら、私たちの被害について『知らんぷり』をすることは、到底許しがたい」との陳述書を提出した。

 原告団の事務局長を務めてきた町議の黒川広志さん(76)は「将来的に子や孫たちが安心して住める町をつくる、という思いで活動を続けてきた。温厚な人柄で、まとめ役として最適だった。判決を迎えられなかったのは無念だっただろう」と語った。

 通夜は2日午後4時から金山町越川字沖ノ原657の2の自宅で、葬儀は3日午前11時から会津坂下町字稲荷塚2288のみどり葬斎会館坂下で。喪主は長男恭範さん。(戸松康雄)