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 住民の足として親しまれたJR三江線の最後を見届けようと、31日、多くの住民が駅や沿線に駆けつけた。通勤や通学などで地元を支え続けて88年。ラストランに、「ありがとう」の言葉が繰り返し響いた。

 浜原駅(美郷町)では、駅前に約450個のキャンドルを並べ、午後6時前に点火。満開の桜のもと、「ありがとう三江線」の文字が浮かび上がった。企画を主導した同町の地域おこし協力隊員、三宅章郁(あきふみ)さん(30)は「浜原駅は小さな駅で、夜になったら真っ暗。少しでも明るくできたら」と話した。

 また地元のグループが太鼓の演奏で列車を見送ったほか、邑南町の出身で広島市佐伯区から来た会社員、梶原峰男さん(67)が駅前でエレキギターを披露した。梶原さんは「最後が寂しくないように。こういうイベントが月に1回でもあれば、もっと多くの人が乗っただろうに」と悔やんだ。

 「県外に出た人が戻って来ていないか」と思って、駅の人だかりをながめていたという、駅近くに住む藤田万里子さん(66)は「宇都井駅ができたとき、子どもを連れて見に行ったのがなつかしい。水害で何度も被害があったが、通学でも通勤でも、三江線にはお世話になった」と感謝した。(木脇みのり)

石見川本

 石見川本駅(川本町)では午後7時50分から、おわかれセレモニーがあり、ホームはすし詰め状態に。「三江線ばんざーい」と最終列車を見送った。

 昼間には、島根中央高校の有志がボランティアでおもてなし。手作りのインスタグラム用フレームで旅行客らの写真を撮ったり、背中に下げたスケッチブックにメッセージを書いてもらったり。1年の安部実咲(みさき)さん(16)は「窓から川や山の自然が見えるのが魅力でした。さみしいですね」。

 ホームでは午後0時半ごろ、「江川(ごうがわ)太鼓同好会」が勇壮な演奏で到着した列車を出迎えた。リーダーの岩野賢さん(57)は「懐かしい思い出を心に刻んで演奏しました」。上下線がそれぞれホームに停車していた午後1時45分ごろには島根中央高校の吹奏楽部が「川の流れのように」「花は咲く」などを演奏し、満員の乗客らから大きな拍手が起こった。(奥平真也)

江津

 江津駅(江津市)では、駅前の複合施設で、子ども向けイベントがあり、家族連れが三江線のプラスチック板のキーホルダー作りやミニトレインへの乗車体験を楽しんだ。市内の田中萌愛(もえみ)さん(7)は24日にも乗ったといい「最後の日なのでお見送りしたい」。同施設の横田学館長(68)は「子どもたちにも心にとどめてもらい、将来まで三江線の記憶を残したい」と話す。

 三江線は沿線の過疎化が廃線へとつながった。同駅前での記念式典に出席していた同市の地域おこし団体「イワミノチカラ」の伊藤康丈代表(46)は「廃線をきっかけに危機意識を共有した沿線住民による連携ネットワークができた。つながりを大切にしながら、地域の活性化につなげていきたい」と語った。(市野塊、礒部修作)

三江線をめぐる主な経過

1906(明治39)年 鉄道国有法施行

1919(大正8)年 三江線速成期成同盟会が設立される

1926年 最初の区間の江津―川戸が着工

1930(昭和5)年 江津―川戸が開通

1931年 川戸―石見川越が開通

1934年 石見川越―石見川本が開通

1935年 石見川本―石見梁瀬が開通

1937年 石見梁瀬―浜原が開通

1955年 三次―式敷が開通。江の川の美郷町高梨に発電用ダム建設計画が提案される

1959年 ダム建設を取りやめ、三江線延伸工事を閣議決定

1963年 式敷―口羽が開通

1965年 大洪水で不通に

1972年 豪雨災害で不通に

1975年 浜原―口羽の開通で三江線全線が開通

1980年 国鉄再建法制定。廃止路線基準が示され、三江線も該当路線に。沿線で廃止反対総決起大会を開催

1987年4月 国鉄分割民営化でJR西日本が三江線を継承

2006(平成18)年7月 豪雨災害で運休

2013年8月 豪雨災害で運休

2015年10月 JR西日本が三江線廃止の検討を島根、広島両県に伝える

2016年9月 JR西日本が国土交通省に廃止届を提出

※『三江線の過去・現在・未来』(今井出版)などを参考に作成

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