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 作家の川端康成(1899~1972)や坂口安吾(1906~55)が新聞紙上に発表し、その後単行本や全集に収録されていなかった小説が、専門家の調査で相次いで発掘された。一度は世に出ながら読むことが難しくなっていた、いわば「幻の作品」。7日発売の文芸誌「新潮」に掲載される。

 川端の小説は「名月の病」という原稿用紙3枚ほどの短編。初期の代表作「伊豆の踊子」発表と同年の26年、日刊紙「都新聞」に掲載された。

 男が妻とともに訪れた温泉宿で、女中の少女が湯の水面に映った月を食べ、命を落とす。中国の故事を採り入れた内容とみられ、幻想的な美しさと妖しさが印象的だ。

 この2年前に同紙に書いた随筆「妻競(つまくらべ)」も、あわせて確認された。当時の紙面を調査して作品を確認した川端康成学会常任理事の深澤晴美・和洋九段女子中高教諭は「どちらも古今東西の文学をしっかりかみ砕いた上で、積極的に取り入れている。初期の作品だが、文章はやはり川端のもの。埋もれさせておくには惜しい」と話す。

 安吾の小説は「復員」という題の、原稿用紙1枚ほどのごく短い作品。終戦間もない46年、朝日新聞大阪版に掲載されたが、単行本や全集には収録されなかった。大阪大学大学院文学研究科の斎藤理生(まさお)准教授(日本近代文学)が、当時の朝日新聞の「けし粒小説」という短編小説欄を調べて確認した。

 戦地から帰った元日本兵が、出征前に将来を言い交わした女性が既に結婚していて子もいると知り、けれどその事実からむしろ救いを見いだす話。斎藤准教授は「誰もが社会の変化に注目している終戦直後に、むしろ人間の変わらない部分を見据えている。『堕落論』にも通じる安吾の思想が読み取れる」と話す。

 横溝正史が1940年代に「新潟毎日新聞」などに連載した小説が昨年の暮れに確認されるなど、新聞に発表されたまま本にならずに埋もれた作品の発掘が、このところ続いている。斎藤准教授は「新聞はその日に消費する感覚があるため、雑誌などより後世に残りにくい。(作品の発掘が続くのは)ネットなどの発達で、かつてより調査がしやすくなったせいもあるのでは」と話している。(柏崎歓)