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 広島県安芸高田(あきたかた)市高宮町船木に船佐駅ができたのは1955年。当時の写真には、たくさんの自転車が並ぶ駐輪場が写っている。

 同市甲田町の吉野隆次さん(68)は60年余り前、駅前に住んでいた。一家で1日10円の駐輪場と駄菓子屋を切り盛りし、母政子さん(91)が店主だった。

 亡くなった父静雄さんは国鉄の機関士で、三次(みよし)―式敷(しきじき)間の開通を機に駅前に移り住んだ。乗降客が多かった当時、父が手作りした屋根つきの駐輪場には毎日30台ほどの自転車が止められた。夜間に盗まれないよう、隆次さんも2人の妹たちと一緒に全ての自転車を家に運んだ。

 駄菓子屋に並んだのは瓶に入ったあめやチョコ。学校帰りの中学生や仕事終わりの保線作業員が立ち寄り、奥にあった座敷などでくつろいだ。

 「母は優しく、あまり怒られたことはないが度胸がある人」と隆次さん。小学生の時、家の近くの江の川で遊んでいると急に増水し、一緒にいた友達2人が川の中で動けなくなった。政子さんがすぐに川に入り、2人を助けたという。

 72年の「47(昭和47年)豪雨」の時は、社会人だった隆次さんは島根県に住んでいたが、家族が暮らす実家の敷地に豪雨で亀裂が入った。危ないと判断した政子さんと2人の妹は駐輪場に避難。寝具も持ち込んで夜を明かした。大事に至らなかったが家は傷み、引っ越しを余儀なくされた。

 それから隆次さんはお盆で帰省する度に母を車に乗せて船佐駅を見に行った。いつも懐かしい気持ちが湧き、思い出を話した。

 廃線が決まり、市歴史民俗博物館で昨秋、三江線の史料を集めた企画展「さよなら三江線」が開かれた。父が撮影し、実家で保存していた写真を隆次さんも提供した。その1枚が駐輪場が写った船佐駅の写真だ。隆次さんと一緒に訪れた政子さんは、車いすに乗って展示を目にし、涙を流したという。(市野塊)

児童用乗降場が始まり

 谷に沿って棚田が続く広島県三次(みよし)市粟屋町の長谷地区。谷と江の川が交わる地点に長谷駅はある。江の川沿いを走る道路から階段を上ると待合室とホームがある。

 止まる列車は、三次駅方面に向…

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