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 次女の元彼が今年も命日が近づくと来てくれる。申し訳なくて夫が「もう来なくてもいいんだよ」って言ったら、「来ます、でも最後にします」って。娘にとって本当に大事な人で、今まで来てくれてありがとうって思う。でも娘が忘れられるんじゃないかって不安になって。やっぱり亡くなった子を思うのは、夫婦2人しかいない。

 宮城県石巻市の北上川のほとり。山と海に囲まれた間垣という小さな集落で、今野ひとみさん(47)は、夫の浩行さん(56)と夫の両親、そして3人の子どもたちと暮らしていた。

 長女の麻里(当時18)は明るくて、いつも笑ってる子。次女の理加(同16)は夫に似てきちょうめんなしっかり者。大輔(同12)はとにかく甘えん坊。夕食の準備をしていると、「おっかあ、晩ご飯なに?」ってよく背中に抱きついてきた。夕方になると姉妹がピアノを奏でる。何げない、いつもの光景でした。

 2011年3月11日。大きな揺れが襲った。ひとみさんは勤め先の病院に、浩行さんも職場にいて、家では娘2人と夫の両親が小学校にいた大輔君の帰りを待っていた。

 家の電話や娘の携帯にかけ続けたけどつながらない。次の日の朝5時過ぎ、避難していた峠を歩いて下りる途中で「えぇっ」ってなった。田んぼや家、道路すらない。急いで自宅の方向を見ても、冷たい水面だけ。大輔の同級生が「大ちゃんは浮いてた」と話してくれました。そのとき初めて、事の大きさがわかったんです。

 3人の子どもと夫の両親は遺体で見つかった。約150人が住む間垣では、住民68人と居合わせた6人が犠牲になった。

 職場から戻って家族を捜していた夫には4日目に避難所で会えた。その翌日、大輔の遺体があがった。安置所で口をぽかんと開けて、寝ているようでした。「大輔起きろ、大輔」。いくら揺すっても目を開けませんでした。顔の泥を拭くと、大輔の目から血の涙がこぼれた。ピンク色のがすーって。

 次に理加が見つかりました。富士沼近くの水につかって。自宅の部屋にいたのかなぁ。麻里は4月に入ってから。地震の時、麻里から「大丈夫だよ」ってメールがきて安心してしまって。あれが最後のやりとりでした。

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