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 宮城県名取市の丹野祐子さん(49)は11日、長男の公太さん(当時13)の名前を手でなぞった後、黒い慰霊碑にすがりついた。

 碑は生徒14人が津波の犠牲になった閖上(ゆりあげ)中の遺族会が「子どもがこの街で生きた証しにしたい」と、震災翌年に建てた。会は毎年、碑の前で追悼の集いを開いてきたが、碑は4月に開校する小中一貫校の敷地に置かれ、遺族の手を離れる。会主催の形での追悼の集いは今年が最後だ。

 公太さんは生きていれば20歳。「子離れのときが今かなと考えました」。代表の丹野さんは集いで語った。でも、記憶の中では13歳のままだ。公太さんが好きだった漫画「少年ジャンプ」を毎週買い続ける。「やっぱり子離れできそうもない」

 丹野さんは今年5月、仮設住宅から新居に移る。黙禱(もくとう)の後、空に飛ばした風船にこうメッセージを書いた。「20歳おめでとう。もうすぐ家ができる。公太の部屋もある。たまには帰っておいで」(石橋英昭