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 7年前の2011年3月15日。東京電力福島第一原発の4号機が水素爆発した。12日には1号機、14日には3号機が爆発し、原発は制御不能に陥っていた。

 そのころ、経済産業省は「原発再稼働」に向け動き始めていた。

 東京・霞が関の経産省11階。事務次官室に、原発事故の収束を担う原子力安全・保安院の寺坂信昭院長(当時)らが入った。状況報告のためだ。

 経産省関係者によると、保安院のある幹部が事務方のトップ松永和夫次官(当時)に説明し始めたとき、松永氏から言われた。

 「再稼働を考えるのが、保安院の仕事だ」

 そのうえで「緊急安全対策」の…

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