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香取慎吾とみた平昌パラリンピック

 平昌の次は東京――。冬季最多の49の国と地域から選手が集った平昌パラリンピックの競技会場近くには2020年に次の夏季大会を開催する東京をPRする発信拠点があります。朝日新聞パラリンピックスペシャルナビゲーターの香取慎吾さんも施設を訪れ、大会運営のキーマンと東京ができること、を考えました。

 ――江陵オリンピックパークにある「ジャパンハウス」を訪れた。2020年東京大会をPRしている。

 「特殊カメラでスキャンした等身大のぼくのアバター(分身)が、スクリーンに映っている。韓国にいながらぼくのアバターが、渋谷や浅草を散歩している。これはおもしろい!」

 「平昌で選手と触れ合って、競技会場ではその家族とも話せた。みんなが次の東京を意識している。海外選手も東京を楽しみにしてくれているのを感じます」

 ――ジャパンハウスでは20年東京五輪・パラリンピックの準備に忙しい大会組織委員会の武藤敏郎事務総長と語り合った。

 「武藤さんは東京大会の先にレガシー(遺産)を残したい、と強調していた。ぼくも同じ思い。インフラなどのハードのレガシーよりも、ソフトのレガシーが大事だともうかがった。つまり、人の心に何を残せるのか」

 ――過去のパラリンピック開催都市は、その前後でどんな変化が起きたのか。

 「16年リオ大会を現場で見た武藤さんからは、ブラジルでは公共交通機関のバス高速輸送システム(BRT)が整備され、バリアフリー化が進んだことを聞いた。日本も駅にエレベーターやスロープが増えてきたけれど、ソフトの面でも、東京はまだまだ変わっていけると思う」

 ――武藤さんと思いが一致したのは、障害の有無に関わらず、みんながスポーツや日常生活を楽しめる共生社会を実現したいという点だ。

 「ぼくが選手と交流したり、パラリンピックを学んだりすることで、自分を通じて、人の心を動かしていけたら」

 「武藤さんは、自分たちの力だけでは限界があるとも言っていた。発信力を生かして、ぼくにきっかけを作って欲しいとも。背中を押していただいた」(構成・榊原一生)

協力:日本財団パラリンピックサポートセンター
https://www.parasapo.tokyo/